ダブリンを歩けば知り合いに当たる(?)。首都ながら我が庭のように感じられるサイズが魅力のこの街で、先日、思いがけない人に会った。

College Green カレッジ・グリーンと呼ばれるダブリンの中心部にある三面の広場に、イギリス発祥のステーキレストラン Hawksmoor ができたのはちょうど一年前のこと。私がよく使うバス停の近くにあるので気になっていたのだが、初めて訪れたのはほんの数週間前だ。

右手がレストラン Hawksmoor ホークスモアの入口。写真正面にはトリニティ大学、レストランの反対側には Bank of Ireland アイルランド銀行がある。

食べ歩きが好きな職場の仲間 5人でランチ。全員同じステーキ Flat iron steak, Café de Paris を注文した。牛肉の脂身で揚げたポテトフライとグリーンサラダもついてお腹いっぱいで、21ユーロ(約 3500円)が安く感じてしまうくらい。

ランチでの体験がよかったので、先日の月曜日、夫を誘って仕事のあとに訪れた。なぜ月曜かというと、BYOB(Bring your own bottle、ワインやビールの持ち込み可)のコルクチャージ、つまり抜栓(ばっせん)料が破格の5ユーロなのだ。ほかの曜日は25ユーロと雲泥の差。だからスーパーで10ユーロくらいのワインを買っていそいそと持参した。

メニューの説明をしてくれた感じのよいウェイターに「ワイン持って来てます」と見せると、「コルクチャージは25ユーロになりますがいいですか」と予想外の返答が。私は焦り、「今日は月曜日だから5ユーロじゃないんですか」と聞いた。

「What day is it today? Oh, I thought it’s Tuesday! あれ、今日は何曜日だっけ。火曜日かと思った」とウェイターさん。

ほっと胸をなでおろす私に彼は「驚かせて悪かったんで、コルクチャージ無料にしますよ」と言ってくれたので、好意に甘えることにした。

ワインを注ぐ彼とアメリカ人観光客のことなどについて雑談をする中で、私の勤め先の話もした。それでぴんと来たのか、「 実は一度会ったことがあります」と言ってきた。え、と改めて彼の顔を見るが誰だか思いつかない。すると彼は自分のおばあさんの名前を告げた。

2年前に亡くなった私の友人の名前だった。仕事を通じて知り合った美しく毅然とした女性で、世代を超えて親しくなり、年に数回お茶を飲む仲だった。旦那さんを失くし、子どもたちは巣立っていたので独り暮らしをしていたのだが、少しずつ体が動かなくなったため、彼女は24時間の医療ケアのある老人ホームに移った。栗の木のある公園の近くにあるそのホームに私は数カ月ごとに通い、彼女と仕事上の共通の知り合いの話などをして楽しく過ごした。同じように訪れる彼女の家族とも会う中で、孫の一人であるこのウェイターさんと一度顔を合わせていたのだ。

私のその友人は、孫の彼の結婚式を見届けて亡くなった。彼は新型コロナのせいで延ばし延ばしになっていたハネムーンにやっと来月行くのだという。行き先は日本!

夫が頼んだスターターのサラダ(手前)。私はスターターは頼まなかったが、ウェイターの彼がスモークサーモンをサービスしてくれた。

メインは鱈に似た白身魚 hake メルルーサ。写真奥のプリンのようなメイン料理は beefsteak pudding ビーフステーキ・プディング。チャールズ・ディケンズの小説の登場人物が大好きな料理で、ここではステーキの代わりにショートリブの煮込みが suet という牛や羊の脂と小麦粉でできたパイ生地に包まれている。

デザートは季節のパブロバ。メレンゲの甘さと各種のベリーの甘酸っぱさが絶妙なバランス。

高いドーム型の天井から降り注ぐ光と、藍色とグリーンを混ぜたような重厚な色合いのインテリアとの対比が目を引く。しばらく前まではアメリカ資本のティーン向けの洋服店だったが、Hawksmoor は 200万ユーロ(約 3億4千円)かけて改装し、昔ながらの内装の一部をよみがえらせた。

この建物は以前、アイルランド初のカトリックの銀行の本店だったそうだ。長い英国統治下、アイルランドのカトリック教徒は、投票や土地の所有、はたまた銀行を所有する権利などをもてなかった。そこに政治指導者として登場したのがダニエル・オコンネル。1835年、彼はここに初めてアイルランド国立銀行 National Bank of Ireland を創立した。そんな歴史を知ってレストランに足を踏み入れるとまた感慨深い。

気の利く彼は食後のドリンクもサービスしてくれそうだったが、これは丁重に辞退。お腹も心もいっぱいになってレストランを後にした。