2023年に劇場で観た映画は39本。コロナ前は年間50本近く観ていたので、それぐらいのペースに戻ったことになる。

コロナ前は平日の昼間なら10ユーロしなかった映画代は最近めきめき値上がりして、夕方や週末ともなると15ユーロくらいする。それでも、劇場でほかのお客さんといっしょになってストーリーを追う体験はやめられない。

私はいつもダブリンの映画館 IFI(Irish Film Institute)Lighthouse Ciinema で観る。ライトハウスシネマは、毎年4月ごろにアイルランドの数カ所の都市で開催される日本映画祭のダブリン会場だ。

日本映画は2023年に6本観た。日本映画祭で3本、劇場で公開になった是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』と早川千絵監督の『PLAN 75』、それから年末に公開になった宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』だ。

英語名は『The Boy and the Heron(少年とサギ)』。日本語の『君たちはどう生きるか』の方が迫力があるが、英語のタイトルは、思いがけない出会いや友情の大切さといったものがほうふつとされていて、それもいいかも。

75歳になったら安楽死を選ぶことができる世界。倍賞千恵子さんが等身大の女性を淡々と演じている。自分ならどうするか、この政策にどう反応するかと考えると背筋がぞくっとする。アイルランド人の友人とも映画を観た後に盛り上がった。

夏にアイルランドで同時公開されて大いに話題になったBarbenheimer、つまり『Barbie』と『Oppenheimer』ももちろん観に行った。『バービー』には深いメッセージが込められているが、何しろセリフが多すぎてちょっとついていけなかった。こういうとき、英語はまだまだわからないなとがっくりする。

すったもんだの挙げ句、日本では2024年に公開が決まった『オッペンハイマー』。アイルランド出身のキリアン・マーフィーが、「原爆の父」と呼ばれた科学者オッペンハイマーの苦悩を見事に演じている。アカデミー賞などたくさん賞を取ってほしいなあ。

観てから数日してようやく自分の中で感情が落ち着いてくる作品もある。数週間してから湧き上がってくる思いもある。だからすぐに「よかった」「また観たい」と評価できるものではない。数カ月してまた2023年に出会った映画をふり返ったら別の作品を選ぶかもしれないが、2024年元旦の時点ではこの7作品が私のベストだ(観賞した順)。

★2023年のベスト映画★

『TAR/ター』:これもセリフが多くて英語が聞き取れないシーンがいくつかあったが、権力をもった人間が何を欲し何ができるのか、考えさせられた。ここではケイト・ブランシェット演じる女性指揮者がその権力者。最近観た『マエストロ:その音楽と愛と』ではアメリカの偉大な指揮者・作曲家であるレナード・バーンシュタインの人生に焦点を当てていて、『TAR』と見比べたくなった。

『Boy from Heaven/Cairo Conspiracy』:『カイロの陰謀』というこの作品は日本未公開だが、視覚的にも話にもぐんぐん引き込まれ、通常なら知りえない世界を垣間見させてくれるまさに映画の醍醐味が味わえる作品だった。エジプトにある世界最古の教育機関アル=アズハル大学で殺人事件が起きる。それに巻き込まれる少年の運命やいかに。

『ケイコ 目を澄ませて』:邦画のベストはこれ。説明的な描写が少なく、主演の岸井ゆきのさんが演技と間だけで語ってくれる映画。彼女のボクシングの練習シーンに圧倒されました。

『パリの記憶』:この数年主演作が引きも切らないヴィルジニー・エフィラが、トラウマとなっている過去の記憶と向き合おうとする女性を演じる。2015年、パリ同時多発テロ事件のあった夜、襲撃されたレストランにたまたま居合わせた彼女が、そのときに自分の手をずっと握って励ましてくれたキッチンスタッフを探そうとする。しかしフランスに違法に滞在していた彼の行方はなかなかつかめない。こうした外国人を安い労働力として雇用契約もなしに雇っている店がパリにはごまんとあるという現実を知った。

『ヨーロッパ新世紀』:寡作だけどどの作品も注目に値するというクリスティアン・ムンジウ監督の最新作。トランシルバニア地方に住む多様な民族のせめぎ合いが複数の登場人物の立場から描かれる。ハンガリー語、ドイツ語、ルーマニア語、英語、おまけにフランス語とスリランカ語まで飛び交って、どう収拾をつけるのか、いや、つけないのか。話はもとより、トランシルバニアの景観の美しさから目が離せなかった。近い将来ぜひ訪れてみたい。

『オールド・オーク』:ベテラン監督ケン・ローチの最後の作品になるかもしれない。2016年の『私は、ダニエル・ブレイク』もそうだったが、この最新作でも市井の人の生きざまがリアルだ。かつては鉱山で栄えたが今は荒廃しているイングランド北部の町に、シリア難民が入ってくる。ただでさえ希望も経済力もない町の人々が、果たして難民を受け入れられるのか。これはアイルランドでもまさに今話題になっていること。日本も目をつむってはいられない。

『落下の解剖学』:日本では2024年2月に公開予定。妻はドイツ人、夫はフランス人で、相手の言葉は流暢ではないので英語で会話をしている。幼いときに事故に遭って目が不自由になった息子はどの言葉もわかるようだ。この息子もよければ、飼い犬の演技がまあすごい。雪山のロッジに住む彼ら家族の世界と、夫を殺害した容疑で裁判を受ける妻の法廷シーンのコントラストが印象的だ。そして事件の真相は。私にはいまだにわかりません。