ダブリンの美術館バトル: ウォーホル展がすごい
今年10月初め、まるで狙ったかのように同じ週末に、ダブリンの2つの美術館でそれぞれ特別展がオープンした。
まず10月6日(金)に、ヒュー・レイン・ダブリン市立美術館 Hugh Lane Gallery でアンディ・ウォーホルの大規模な回顧展、Andy Warhol Three Times Out が開幕。
翌日7日(土)は、印象派の画家ジョン・ラベリーの絵画展、Lavery. On Location. がナショナル・ギャラリー(アイルランド国立美術館)で初日を迎えた。マスコミや美術関係者は2日続けてオープニングパーティーに呼ばれて大忙しだったのでは。
ジョン・ラベリー John Lavery(1856‐1941)は1900年前後に活躍した印象派の画家だ。北アイルランドで生まれたが、イングランドでキャリアを積み、スコットランドで長く暮らした。片やアンディ・ウォーホルはアメリカの20世紀のポップアートの巨匠だ。比べられるものではないが、2つの特別展が同じ時期に開催ということで、ちょっとでも美術に興味がある人たちのあいだでは「もう両方行った?」「まだウォーホルには行ってない」などといっしょくたに話題にしている。
私は12月になってやっと両方の展覧会に足を運ぶことができた。まずはナショナル・ギャラリーのジョン・ラベリー展。ラベリーの最初の妻は最初の子どもの出産から数ヵ月後に亡くなり、ラベリーは後にアメリカ人の画家ヘイゼルと再婚している。美貌のヘイゼルはラベリーの絵のモデルとしてよく描かれ、代表作はこのナショナル・ギャラリーの常設展示で見ることができる。今回の特別展では、ラベリーがいつも旅行に同伴した前妻との娘アイリーンが描かれている絵も多くあった。
ナショナル・ギャラリー National Gallery of Ireland はトリニティ大学から徒歩数分。
ギフトショップやカフェのある方の入口から入館し、大階段を上ると特別展の会場がある。階段でもラベリーの絵の宣伝が。
この特別展は、スコットランド、フランス、スペイン、アメリカなど、ラベリーが暮らしたり旅先として訪れた各地の風景と、そこで彼が出会った人物を描いた作品がテーマになっている。
「Windy Day」、 風の強い日という題の作品の舞台は、モロッコの港町タンジェ。ラベリーはこの海辺の近くの丘に家を買うほどタンジェに魅せられていたそうだ。
ラベリーの色彩の美しさを堪能した次は、ヒュー・レイン・ダブリン市立美術館へ。アイルランドでアンディ・ウォーホル展が開かれるのは25年ぶりだという。5年もかけて企画されたこの特別展では約250点もの作品を見ることができ、その中には有名はマリリン・モンローやキャンベルスープの缶の絵もある。
ウォーホルは父親を早くに亡くし、母親のジュリアに育てられた。病弱だったため家で長い時間を過ごし、絵心のあった母親といっしょによく絵を描いたという。そんな子ども時代を偲ばせるようなイラストから、消費社会を象徴するモチーフを芸術作品に変換したいわゆる彼の代表作までが一挙にダブリンで見られる。そのこと自体がもう非現実的な体験で、何だか胸が躍った。
ヒュー・レイン美術館では、ウォーホル展専用の受付を経て展示場へ。
特別展の最初の部屋で出会うのは、Silver Clouds という体験型の作品だ。銀のフィルムでできた浮かぶ風船がふわふわと落ちてくると、ポンッと触って上方に飛ばしてやる。子どもたちが歓声を上げて楽しんでいた。
人物をシンプルな線で描いたこういったイラストに、ウォーホルって本当に絵がうまいんだな、と感心。
家庭やスーパーで日常的に見るスープの缶や食器洗いパッドの箱(Brillo ブリロの箱)が、ウォーホルの手にかかると大衆の好む商業デザインになってしまう。悲劇の死を遂げたばかりのマリリンも、共産主義の指導者・毛沢東も、何枚も羅列されることでまるで何の意味もなさない存在に。
さて、2025年に鳥取県で初めて県立美術館ができるそうだ。美術館の目玉展示品として鳥取県が購入したのは、ウォーホルの「ブリロの箱」5つと、キャンベルスープのアルミ製の立体作品。その総額が日本円で3億3700万円と多額だったため、不満の声を上げる県民が多く、初代館長予定者が説明会を開いて理解を促しているというニュースを読んだ。
実際に美術館でこれらの作品がどう紹介されるか、が鍵だ。子どもにも大人にもわかりやすい説明がなければ、「ただの箱」に何億円も公費を費やした、と批判されて当然だ。
こちらでも、「何でダブリンでウォーホル展が開かれるのか」と疑問に思う人たちはいた。世界中から作品を集めるのにはお金もかかる。でもこのヒュー・レイン美術館での特別展には、そんな疑問をはねのける力があった。美術館の常設展の要のアーティストであるフランシス・ベーコンとウォーホルの共通点を見つけ出し、そこにも光を当てたのだ。
アメリカ人の写真家ピーター・ビアード Peter Beard は、ウォーホルとベーコンのそれぞれと共同制作をしている。有料のウォーホル展の展示室を出ると、常設展の一部、つまり無料で展示が見られるスペースに出るが、ここで彼らのコラボ作品を見ることができる。特別展から常設展につながる流れが見事だ。
写真家ピーター・ビアードがウォーホルと合作した「写真日記」のひとつ。
この作品の右下をよく見ると、タバコのマルボロ Marlboro が、ウォーホル Warhol に…。
鳥取美術館でも、ウォーホルと鳥取県との関係性を見つけ、それをうまく展示としてアピールできればよいのでは。京都で昨年ウォーホル展が開催されたときは、2度来日しているウォーホルが京都で見たことから影響を受けた作品なども展示されていたというから。
というわけで、ダブリンの美術館の特別展対決は、私の中ではウォーホル展に軍配あり。
ラベリー展は2024年1月14日まで、ウォーホル展は1月28日までの開催だ。ウォーホル展は、水曜の朝は無料(オンラインで事前にチケットを購入すること)。
展覧会のあとはヒュー・レイン美術館に入っているギフトショップへ。キャンベルスープ缶の陳列台がいい雰囲気を出しています。本物が 2025年から鳥取美術館で見られますよ。
地下にあるケーキのおいしいカフェで友人とお昼をしていると、知り合いに何人か会いました。ウォーホル展が人気のため普段より人が多かったみたい。