於ロンドン2023:民族と戦争と芸術②
テムズ川に隣接する広大な建物サマセットハウスの一角に、ロンドンでちょっと時間ができたら訪れたい美術館がある。
コートールド・ギャラリー Courtauld Gallery は、マネ、ファン・ゴッホ、セザンヌなどの後期印象派の作品で有名な美術館。閉館の1時間ほど前に滑り込むことができた。
サマセットハウス Somerset House はコヴェントガーデンからもすぐ。中庭のクリスマスツリーの向こう側に毎冬アイススケートリンクが設けられる。コートールド・ギャラリーはこの建物の一角にある。
美術館の美しい半円形の階段は各階の展示室に直接つながっている。
ドガのバレリーナ、モディリアーニの裸婦、スーラの点描画、ファン・ゴッホの耳を切った自画像などのあいだをため息をつきながら歩き、奥の部屋で開催されている特別展の入口までたどり着いた。
「Claudette Johnson: Presence」という名の特別展(2024年1月24日まで)は、イギリスはマンチェスター出身の黒人女性、クローデット・ジョンソンの絵画展だった。
彼女はまだ学生だった1980年代にすでに、黒人フェミニズムの代弁者として注目を集めていた。当時イギリスでは Black British Arts Movement が盛り上がりを見せていたが、その背景には、旧植民地からの移民にまつわる問題があった。経済の低迷により、1970年代に極右勢力が台頭し、黒人が激しい差別を受けるようになったのだ。旧植民地にルーツをもつ英国の黒人アーティストたちが、多様な民族文化を持ち込んだ芸術運動がブラック・アーツ・ムーブメントだ。
ジョンソンはブラック・アーツ・ムーブメントの中心人物のひとり。30年以上にわたり一貫して自分自身や友人、家族を大きなキャンバスに描いてきた。モデルのまなざしが見るものを圧倒させ、息づかいまで聞こえてくるよう。
マネやドガやゴーギャン、ロートレックなどの作品と並んで自分の作品がコート―ルド・ギャラリーに展示されることに、彼女は「(そうした先人たちの作品は)私のような人々を排除する空間に常に存在しているように見えました they always seemed to exist in a space that excluded people like me」とコメントしている。
私は特別展の会場から出て、また印象派の作品群の前に立った。モディリアーニの裸婦はアフリカ彫刻のように見えるが、それは画家が当時アフリカ美術に傾倒していたからだ。ゴーギャンが描く浅黒い肌の女たちは、イギリスではなくタヒチに住む。ジョンソンが描く、イギリスで生まれ育った躍動的で等身大の黒人たちとは違う。
展示室の一部に、私のような平べったい顔のブロンズ像があるのに気づいた。オーギュスト・ロダン Auguste Rodin による「花子」シリーズのひとつだった。花子さんの日本人的、アジア人的な顔の造作がこの空間で異彩を放っている。
『花子のマスク Mask of Hanako』(1907~1910年制作)。モデルは当時ヨーロッパ各地で芝居の公演を行って人気を博していた日本人女性(本名は太田ひさ)。ロダンは彼女の彫像を50数点も制作した。そういえば以前パリのロダン美術館でその一部を見たことがある。
私も花子さんと同じように、この空間、この世界で異彩を放つ変わった存在、他者から受け入れられないような存在なのか、と何となく考える。同時に、花子さんの像がこの異国の美術館に私の居場所を与えてくれたような感覚も覚えた。
ちょうど、日本の写真家の森山大道展がロンドン中心部の写真家ギャラリーで開かれていた(2024年2月11日まで)。写真愛好家や学生のような若い人たちでかなり込み合っていた。
カリブ料理店 Joyce’s で夕飯。英国は旧植民地であるカリブ海諸国からの移民が多い。
単品メニューのフライドチキンとインゲン豆のご飯(Rice & Peas)を一皿に盛ってもらい、キャベツのコールスローもいっしょに夫と食べたら、十分に小腹がふくれました。ロンドン観光の合間に簡単に食事を済ませたいときにお勧め。