椅子でめぐるコペンハーゲン
はい、椅子です。北欧家具の中でも特に、デンマークのデザイナーが生み出した椅子には名作といわれるものが多くあるらしい。
もともと椅子デザインが好きな夫は、コペンハーゲンのデザインミュージアムで有名な椅子を見ることを楽しみにしていた。だがミュージアム以外でも素敵な椅子にたくさん出会えた。コペンハーゲンでの椅子のおすすめスポット、7つをご紹介します。
1. ルイジアナ近代美術館 Louisiana
旅行2日目、コペンハーゲンの中心地から電車に乗ること30分、そこから10分ほど歩いて、ルイジアナ近代美術館を訪れた。
海を背景にした広大な庭にはヘンリー・ムーアなどの彫刻やオブジェがある。館内の見どころはジャコメッティの彫刻や草間彌生の作品など。
夜10時まで開館していたので夕方に入場し、美術館のカフェで夕食を取った。写真にはよく写っていませんが、椅子はコペンハーゲン出身のデザイナー、アルネ・ヤコブセン Arne Jacobsen の代表作のひとつ「セブンチェア」。
カリフラワーやしいたけを使った温サラダが食べごたえあり。各皿 125クローネ(約2600円)。
私のお目当ては特別展のひとつ、ジョージア(グルジア)の放浪画家ニコ・ピロスマニ(1862-1918)展。独特の色彩とロシア・東欧的な絵柄に惹かれる。
2. グルントヴィ教会 Grundtvigs Kirke
翌日向かったのは、コペンハーゲンの中心地から市バスで少し走ったところにある小高い丘に建つデンマーク国教会(ルター派)のグルントヴィ教会だ。
この教会は、N. F. S. グルントヴィ(1783~1872)という、デンマーク社会に大きな影響を与えた思想家、詩人、牧師、教育者、政治家の功績を称えるために建てられた。建築を手がけたのはイェンセン・クリント。着工から約20年後の1940年に息子のコーア・クリントが完成させた。このクリント家は、照明や椅子のデザインで名を馳せる LE KLINT というブランドの創立一家だそうだ。
珍しいスタイルの建築もさることながら、北欧最大規模だというパイプオルガンがあり、毎週水曜日の12時からは音楽礼拝をしている。実は礼拝だとは知らず、単にミニコンサートだと思ってその時間に教会に入っていくと、係の人から「礼拝は全部デンマーク語で、45分だよ」と念を押された。私たちは教会の後ろの方に目立たないように腰を下ろした。
中央奥のパイプオルガンをほうふつとさせる建物がグルントヴィ教会(一部は修復工事中)。周囲に教区の集会所とアパートなどの建物が同時期に同じ様式で建てられ、調和の取れた美しいエリアだ。
この教会は、ジーランド(コペンハーゲンもあるデンマーク最大の島)の中世の田舎の教会のような胸壁があり、ゴシック様式の都市教会のように身廊と側廊を隔てる柱もある混合様式になっている。
内装はデンマークの伝統的な建築材料である黄色いレンガで造られている。何と600万個ものレンガが使われているそうだ。柱の下部なんて、まるでレゴの世界。
聖書や賛美歌の本を置くための台が背もたれの後ろにつけられている椅子は、建築家の父の意思を引き継いで教会を完成させたコーア・クリントのデザインによるものだった。彼は「デンマーク近代家具デザインの父」と尊敬されている。
礼拝の最中、妙に座り心地がよい椅子に感心していたのだが、そんな有名な人が作ったものだと知って納得した。
礼拝の始めと終わり、そして女性牧師の説教の合い間に歌われる賛美歌の伴奏として、オルガンの音色が教会中に響き渡る。その中の一曲は独立した作品で、聞き馴染みのある甘美なメロディだった。宗教曲のようには聴こえないその甘い旋律が気になってあとで調べたら、普通はバイオリンで弾かれることの多い「タイスの瞑想曲」だった。
この曲は4世紀の北アフリカ、ナイル河畔の町を舞台にした「タイス」というオペラに出てくる間奏曲。娼婦のタイスが修道士の説得により娼婦稼業をやめて信仰の道に入ることを決断する重要なシーンに流れる、重要な音楽なのだそうだ。ということはやはり、教会で奏でられるのにふさわしい曲ということなんでしょうね。
3. & Tradition カフェ
教会のあと、小腹をすかせた私たちは中心地に戻り、&Traditionという建物のカフェに入った。デザイン会社のショールームを併設しているようだが、このときはカフェだけオープンしていた。
意外に広い店内では、デンマーク人と観光客がゆったりコーヒーを飲んだり軽食を取ったりしていた。ラップトップを持ち込んで仕事をしている人も数人。建物の中庭にもテーブル席がある。
新鮮なトマトの下には軽く燻製されたサバがたっぷり。香ばしいパンもついて 130クローネ(約2700円)は高いが、これとクロワッサンひとつを頼んだらふたりで十分だった。
4. FDBモブラーの家具店
次の目的地まで歩く途中、ふと目についた家具店があったので入ってみた。それがFDB Møbler モブラー。FDB とは、デンマークで市民生活の向上のために組織されたデンマーク生活協同組合連合会のことで、1942年にできた FDBモブラーはその家具部門にあたる。設立にはグルントヴィ教会を完成させたコーア・クリントが監修を務めたそうだ。
店員の女性が「どうぞ見ていって」と笑顔で迎えてくれた。デンマーク人はいつも手際がよく朗らかで、しかも誰もが英語を流ちょうに話す。家具のデザインはデンマーク人と日本人によるものだと説明してくれた。売っていた陶器はデンマーク人の作品。日本にもいくつも販売代理店のある FDB モブラー。知らなかったー。
5. ラディソン コレクション ロイヤル ホテル
お次は、北欧デザインといえばこの人、アルネ・ヤコブセン Arne Emil Jacobsen の作品の宝庫、ロイヤルホテル Radisson Collection Royal Hotel へ。ヤコブセンはこのホテルの建築だけではなく、客室、家具や照明などすべてをデザインしたことで知られる。
コペンハーゲン中央駅近くに建つこのホテルは1960年に完成した。イェンス・オルセン設計の天文時計のあるコペンハーゲン市庁舎や、ディズニーランドの元祖チボリ公園の目と鼻の先にある。
ロビーの螺旋階段はヤコブセンが好んだオーガニックフォルムの代表作。
ルイジアナ近代美術館のカフェの椅子「セブンチェア」以外にもたくさんの傑作を生み出したヤコブセン。このホテルのためにデザインされた「エッグチェア」「スワンチェア」「ドロップチェア」などは、ホテル客でなくともロビーで座り放題です。
6. デザインミュージアム Design Museum Denmark
旅行4日目は満を持してデザインミュージアムへ。コペンハーゲンの観光の見どころの多くは街中に集中していて、数日もいると何度も同じ道を通るので地理感覚がつかめてくる。デザインミュージアムは衛兵の交代式が人気のアマリエンボー宮殿 Amalienborg の近くだ。
家具から陶器、ファッション、デジタルデザインに至るまでを幅広いコレクションを誇るデザインミュージアムデンマーク。中世後期から現代までの西洋各地の工芸品、アート、工業デザインと、中国と日本をはじめとする東アジアの作品を収蔵している。日本のつば(刀の鍔)の展示も見事。
過去の展覧会のポスターがずらっと並ぶ。「The Great Wave」として海外で名高い北斎の浮世絵をモチーフにした「Learning from Japan」という特別展のポスターや関連商品は今もミュージアムのギフトショップで人気のよう。
このとき開かれていた特別展「The Future Is Present」では、牛の腸で作られた照明がひときわ目を引いた。その前に置かれているのはカラフルな骨壺。生分解性の材料(パルプ発泡成形品、ジャガイモのでんぷん、木材の繊維、種子)でできており、生と喪失が自然の終わりなきサイクルに組み込まれていくというコンセプトだ。
ミュージアムのカフェにあるたくさんの椅子を試して気に入ったのは、これ。座面にはデンマークの椅子でよく見られるペーパーコード(紙を材料とした家具用の紐)が使われていて、座り心地バツグン。グルントヴィ教会の椅子もそうでした。
7. ブラック・ダイヤモンド(王立図書館)
運河クルーズのボートから眺めてその鋭角の黒い外観が特徴的だったデンマーク王立図書館は、旅行最終日に訪れた。
1999年にできた新館はデンマークの建築家集団シュミット・ハマー・ラッセンによるもの。
新館 2階の常設展示場 Treasures では、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの直筆原稿と日記、切り絵が展示されている。天文学者ティコ・ブラーエ Tycho Brahe の天体観測日誌や、アルネ・ヤコブセンとフレミング・ラッセンによる「未来の家」のデザイン画も。
コンサート会場や展示場も入っている。ちょうどデンマークのコンピューターゲームの歴史を紹介する展示が行われていたので、夫は興味津々だった。
旧館の階段の踊り場付近にあった胸像は、何と N. F. S. グルントヴィ。王立図書館はもちろん彼の文献も多く所蔵している。
新館のカフェの椅子もアルネ・ヤコブセンの「セブンチェア」。
こうして我々のコペンハーゲンの旅は、思いがけず椅子デザインでつながった。宮殿、お城もいくつか訪れたが、やはり印象に残るのは教会やカフェで実際に座った椅子の魅力だった。
ダブリンでも北欧家具を扱う店はある。こちらはつい先日通りかかった海岸沿いの町ブラックロック Blackrock にある Nordic Elements という店。
ここで一番気に入った椅子は、これまた名高いデンマークの家具デザイナーであるハンス・ウェグナーのデザインによるもので、1脚 1030ユーロ(約 16万円)でした。