職場で休憩時間中に、どのノンアルコール飲料が好きか、という話題になった。ビールの中ではギネスゼロ Guinness 0.0 がよいと誰かが言い、しばらくビール談義で盛り上がった。

私はもともと炭酸が苦手で、ビールには手をつけない。だが職場でそんな話が出た数日後、ひょんなことからノンアルコールのビールを飲む機会があった。夫の自動車免許の更新につきあって(必要な書類が足りなくてオンラインでの更新ができなかった)、ダブリン中心部からバスで40分はかかる免許センターに出かけた帰りのことである。

今月発売された『ファイナルファンタジー』新作の宣伝がバスの停留所に。

まだまだお天気が続くダブリン。リフィー川にかかるオコンネル橋をダブルデッカーのバスで渡ったとき、2階の車窓から遠方に柔らかい白いアーチを描くハーフペニー橋 Ha’penny Bridge をパチリ。

私たちは中心部から少し南にあるカムデン通り Camden Street でバスを降りた。この辺りは伝統的なパブが軒を連ねており、新しいレストランやカフェも増えている。通りに面した古本屋の裏手にあるカフェでお昼を食べることにした。

カフェに向かって歩いていくと、いかにも「営業でーす」といった雰囲気の女性2人組が話しかけてきた。ハイネケンビールの宣伝だ。クイズに答えるとノンアルコールビールの無料券がもらえるようだ。ビールに興味はないが、ものは試しと夫を誘う。

クイズは当たるまで挑戦させてくれて、無事に無料券を頂戴した。カムデン通りのパブ数軒でハイネケンゼロ Heineken 0.0 が2杯飲めることになる。これは地元産業の発展にも一役買っているではないですか。

カムデン通りにあるその名も「最後の本屋」The Last Bookshop という古本屋。店内にはありとあらゆるジャンルの古本が所狭しと置かれている。店の奥のドアは後ろの建物の中庭に通じていて、そこが私たちの目的地、ケーキカフェ The Cake Café である。

ケーキカフェにはちゃんと専用の出入り口もある。カムデン通りから一本並行に走った小路の、竹を使ったユニークな戸が目印。

中庭や店内で食事をする人たちは、地元の人と観光客と半々くらいだろうか。隣りのテーブルではアメリカ人の女性 6人がアフタヌーンティーを頼んでいた。その中の一人が結婚式を挙げるため、親友や親族といっしょにアイルランドに飛んで来たとカフェの店員に話していた。天気に恵まれてラッキー。

私たちはサンドイッチとケーキを一皿ずつ頼んでシェアした。サンドイッチはパンの柔らかさが際立っている。チョコレートケーキは濃厚で紅茶と合います。

中庭のこの小さな竹林が古本屋とカフェの境目になる。

昼食後、ビール無料券が使えるパブの一軒、キャシディズ Cassidy’s に行こうと決めた。キャシディーズの外でタバコを吸っていたおじさんが、私たちといっしょにパブの中に入っていったと思ったら、そのままカウンターの向こうに立った。店員だったのだ。

その昔、私とつき合い始めたばかりの夫は、このパブの近くの店で働いていた。たまたまその店の前を通りかかった私は、夫がいるかと店をのぞいた。すると「あ、ちょうど休憩に入るところだから、お茶しよう」と夫が言って2人で行ったのがこのキャシディーズだった。

そのときと同じ窓際の、思い出の席に座る。「私たちここに座って、紅茶頼んだよね」と言ったがしかし、夫は20年近く前のことを全く覚えていなかった。

キャシディーズは 1855年創業の老舗パブ。落ち着いた店内には初老の男性たちがまばらにいて、上方に設置されたテレビで競馬の中継を観ていたりする。どこを切り取ってもかなり渋い光景である。

パブの壁に飾られた写真。1995年に当時のアメリカ大統領ビル・クリントンがアイルランドを訪問した際、この Cassidy’s で一杯やったことが話題になった。クリントンの母親はアイルランドによくあるキャシディ Cassidy という姓で、このときアイルランド中からキャシディ姓の人たちがこのパブに招待されたのだそうだ。

窓から通りの向こうにハイネケンゼロの宣伝看板が見える。夫は「悪くないよ」とまんざらでもなかったハイネケンゼロだが、私にはやはりほろ苦い炭酸水でしかなかった。普通のアルコール入りのワインがいいな。

アイルランドは、一人あたりのアルコール年間消費量が世界でトップテンに入ってしまうほどお酒をよく飲む国だ。15歳以上の人口の年間消費量は、日本が6.7リットルであるのに対し、アイルランドは11.7リットル(2019年の世界保健機関 WHO 統計、純アルコール量換算)。

そんなアイルランドでも、ノンアルコール飲料の消費が増えてきている。ビールで言えば、国内市場におけるノンアルコールビールのシェアは2017年には0.4パーセントだったが、2021年には1.5パーセントに増えた。今後の成長も必至だ。

私の近所のスーパーのノンアルコール飲料売り場は、ここ一年ほどでかなり拡大された。アイルランドの誇るギネスビールも 2021年春にノンアルコールの Guinness 0.0 の販売を開始。缶入りのみだったが、この夏からは全国のパブで生ビール(ドラフトビール draought beer)としても提供できるようになるそうだ。

ノンアルコールのカクテル、「モクテル」も人気だ。モク(モック)は英語で mock「真似をする、似せる」という意味で、例えば模擬試験のことは mock exam モックイグザムという。そのモックと cocktai「カクテル」をかけて mocktail「モクテル」。

ここ10年、15年くらい前まで、ダブリンで夜6時以降に営業しているカフェを探すのは難しく、人と会うときはパブに行くしかなかった。パブではお酒が飲めない、飲みたくない人の選択肢は少なく、そのために友人と会いづらいという話がよくあった。

今では昔ながらのパブでもノンアルコールのビールやモクテルが頼める。お酒が苦手な観光客も、アイルランドのパブ文化が気軽に楽しめるようになったのでは。