3月末から10日間、スペインはアンダルシア地方のへレス、アルコス・デ・ラ・フロンテ―ラ、そしてセビージャに行ってきた。

ダブリンに戻ったのは、ちょうどアメリカのバイデン大統領がアイルランドを訪問する数日前だった。すでに物々しい警備態勢が敷かれ、街のあちこちで警察官 Garda の姿が目立つ。

観光施設が休業になったりバスの路線が変わったりしてとまどう市民や観光客に、警察官が「ほら、バイデンが来るからさ、俺たちもみんな駆り出されているわけ」と話しかけ、冗談など飛ばしている。アメリカのシークレットサービスの面々が見たら、この軽いやりとりに顔をしかめるかもしれない。

というわけで、何となく非日常のダブリンで旅の余韻に浸っている。10年ぶり、2度目のアンダルシア旅行は、まずライアンエアーでダブリンからセビージャへ飛び、そこからへレスに向かうことから始まった。

ダブリンからセビージャまで約 3時間。セビージャ空港から空港バスに 30分ほど揺られてサンタフスタ Santa Justa 鉄道駅に行き、駅近くのレストランで遅い昼食を取った。エビのガーリック煮 langostinos al ajillo とイベリコハムをたっぷりのフライドポテトといっしょに、そして白ワイン。

ダブリンの最高気温(12度ほど)が南スペインの最低気温だ。日中は30度近くまで上がるので、外の木陰で食事をする。ダブリンの半額以下でワインも飲めて、あ〜スペインって最高。

セビージャからへレス・デ・ラ・フロンテ―ラ Jerez de la Frontera までは電車で 1時間ほど。「フロンテーラ」は国境の意味で、キリスト教国とイスラム教国の「境」だったことに由来し、アンダルシアにはフロンテーラのつく地名がいくつもある。

電車が遅れたりして、へレスに到着したときにはすでに夜の帳(とばり)が下りていた。1泊した宿は Hotel San Andres で、鉄道駅から徒歩10分ほど。

ホテルは中庭を囲んで部屋があり、階段や床などあちこちにタイルが敷き詰められている。部屋は質素だがバスタブもあり、1部屋 1泊 36ユーロ(約 5300円)。

2021年現在のへレスの人口は約21万3千人で、アンダルシア州の都市ではセビージャ、マラガ、コルドバ、グラナダに次いで5番目に多い。私の実家のある春日部市と比べてしまうと、へレスは春日部より人口は1割ほど少ないが面積は2倍近くある。でも見どころは徒歩圏の旧市街に集中しているのでこぢんまりとしているように感じる。

朝食は街の中心にある市場の横にあるバル Bar La Pera で。目の前のチュロス専門店で買ったチュロスを持ち込んで食べながらコーヒーを頼んでいる人もたくさんいた。朝 9時ごろ、露店の準備が始まりつつあった。

トスターダと呼ばれるスペイン風サンドイッチを注文。オリーブ油をトーストされた丸いパンに回しかけ、夫が頼んだハムと私の頼んだトマトのトッピングを挟んでサンドイッチにする。コーヒー(夫は紅茶)も入れて2人で7ユーロ50セント(約 1100円)。

さて、へレスといえばシェリー酒、なんだそうです。何しろスペイン語でシェリー酒は「へレスのワイン」という意味のビノ・デ・へレス vino de Jerez。確かに何やら甘い芳香が街のあちこちから漂ってくるのは、大小さまざまの規模のワイン醸造所が点在しているからだ。

そのうちのいくつかがワイナリー見学ツアーを行っており、私と夫は Bodegas Tradición という醸造所の見学ツアーに参加した。ここは1650年に創業。ほかの醸造所との統合や売却を経て、1988年にホアキン・リベロ氏が購入した。リベロ氏は18世紀から数百年に渡ってこのワイナリーを支えてきた家の出身で、現在は娘さんが社長を務めている。

ほかのワイナリーの英語での試飲つき見学ツアーが20ユーロ前後なのに対し、こちらのワイナリーのツアーは1人50ユーロ。その価値が十分にあるのは、最低20年は熟成された上等なシェリー酒が試飲できることと、そして一般には公開していないスペイン絵画の名作コレクションをツアーの最後に鑑賞することができるからだ。

まず始めはもちろんシェリー酒の説明。アメリカ人のボーイフレンドと暮らしているためなのかアメリカのアクセントが強い現地のガイドさんが、一時間ほどかけて敷地を案内してくれた。

シェリー酒は白ワインの一種で、ポートワインのように醸造工程中にアルコールを添加した酒精強化ワイン。へレス、プエルト、サンルーカルを中心とする三角地域の認定された畑で採れたぶどうを使って熟成されたものでないとシェリー酒とは呼べない。ガイドの説明によると、最近その認定地域が少し広まったとのこと。

ワイン作りでは温度管理が重要なため、ワイン樽を所蔵する建物は熱気を上に逃がすために天井が高くなっている。それでも湿気が多いため、壁はカビだらけ。白く塗り直してもすぐカビが生えてくるそうです。

シェリー酒を熟成させたあとの空の樽は、スコットランドのウィスキー会社が買うのだそうだ。その樽でウィスキーを熟成すると、樽にしみ込んだシェリー酒の色や濃厚な甘い香りがウィスキーの魅力をより増すのだという。今度そういうウィスキーを見かけたら試してみたい。

ワイナリー見学のあと中庭に出ると、試飲用の6種のシェリー酒と地元産のチーズやハムが用意されていた。

  • フィノ fino(辛口)
  • マンサニージャ manzanilla(辛口)
  • アモンティリャード amontillado(やや辛口~甘口)
  • オロロソ oloroso(やや辛口~甘口)
  • クリーム cream (甘口)
  • ペドロヒメネス pedro ximenez(超甘口)

ガイドさんは、辛口のシェリー酒は寿司にも合うと日本人のシェフから聞いたと言った。私が飲みやすかったのはやや辛口から甘口の2種。超甘口のペドロヒメネスはシロップのようにもったりしていて、バニラアイスクリームにかけて食べたらおいしそう。

最後はおまちかねのギャラリー鑑賞タイムだ。なぜこんなところに美術品が?というと、このワイナリーを25年前に買った前述のホアキン・リベロ氏が絵画のコレクターだったからだ。彼は不動産で財を成してから、管理のしやすい財産である絵画の収集を夫婦で始めた。14世紀から19世紀のスペイン絵画に特化したコレクションは今では約350点に上る。

敷地内の建物のひとつが美術館になっている。試飲のシェリー酒の最後の一杯を手に、中庭の一角からギャラリーに入る。

「14~19世紀の作品」という収集ポリシーにはあてはまらないから外にあるのか、ピカソの作品がギャラリーのすぐ外の壁にさり気なくかかっている。

常設展示は50点ほど。セビージャ出身のバロック期の巨匠ベラスケスにムリーリョ、ゴヤやスルバランなどそうそうたる画家の作品が並べられている。

ベラスケス Diego Rodríguez de Silva y Velázquez の『昼食 El Almuerzo(The lunch)』(1617年ごろ)。違う年代の男たちが飲み食いする姿を描く風刺画で、このシリーズのほかの 3点はサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館にある。飲んでるのはへレスのシェリー酒かも、と地元を推すガイドさん。

アウグスト・フンケラ Augusto Junquera の『ミサごっこをする子どもたち Niños jugando a misa』。やんちゃな男の子たちと真面目に祈る女の子が対照的で面白い。

宮廷お抱え画家だったゴヤ Francisco José de Goya が描いたカルロス4世の家族の絵のうちの 2枚、カルロス4世夫妻の対の肖像画。ゴヤにかかると王族も隣のおばさん、おじさんのようになる。もっと美人に描いてほしいとか思わなかったのかな。

エル・グレコ El Greco もあります。『聖フランシスコの祈り St. Francis praying』(1585‐1596)。

今回の旅行までほとんど知らなかった画家フランシスコ・デ・スルバラン Francisco de Zurbarán の『無原罪の御宿り Immaculate conception』。2人の天使の頭を持つ下弦の月が聖母を支えている。

ガイドさんが10分ほど簡単に美術品の概要を説明してくれてから、「好きなだけ時間をかけていいですよ」と私たちをギャラリーに残してくれた。このくらいの規模だと一点一点じっくり見ても疲れなくてよい。

新型コロナ前にはこのワイナリーには年に6000人ほどの人が訪れており、最近また活気が戻ってきたという。今回の我々の見学ツアーは、オフシーズンのためか私たちだけだった。美術館もほとんど我々が独り占め。こんなぜいたくな時間はなかなかあるものではない。

ワイナリーを後にして向かったのはへレス大聖堂。かつてあったモスクの上に 18世紀に建てられ、ゴシック様式、新古典主義様式、バロック様式が融合されている。

大聖堂の宝物館でまた出会ったスルバラン。『瞑想中の聖母マリアの少女時代 La virgen niña meditando(The child virgin in meditation)』(1655‐60)という作品だ。聖母マリアを象徴する赤い衣服と青いマントをあどけない少女時代のマリアもまとっている。赤いほっぺたが印象的で、ずっと見ていたくなるような優しい絵だった。