2月下旬、ダブリンの老舗の楽譜・楽器専門店 McCullough Piggott マッコラ・ピゴットの閉店が発表になり、音楽ファンのあいだに衝撃が走った。

この店の前身である楽器店ピゴット Piggott はグラフトン通りにあり、何と200年前の1823年に創業。1967年に火事で店舗が焼失したため、北アイルランド出身のピアノ調律師、弦楽器製作者であったデビッド・マッコラ David McCullough の店と合併し、McCullough Piggott となった。

グラフトン通りから徒歩でほんの数分の South William Street サウス・ウィリアム通り。アイルランド最古の楽器・楽譜店 McCullough Piggott マッコラ・ピゴットは、レストランやお洒落な美容室が建ち並ぶ賑やかな通りの中でつい見落としてしまいがちな外観だ。

近年はハル・レナード Hal Leonard Europe という楽譜出版社がこの店を所有しており、ミュージック・ルームというチェーンの一店舗として経営されていた。ハル・レナードはヨーロッパ各国で多くの音楽店を運営しているが、2月20日、イギリスの6店舗、そしてダブリンのこの McCullough Piggott マッコラ・ピゴットの店舗を閉鎖すると発表した。これまでも電子上での楽譜販売ビジネスに移行してきたが、厳しい市場と上昇し続けるコストに対応するため、これらの店舗閉鎖に踏み切ったとのこと。

ニュースを聞いて、「ダブリンからまた楽譜店がなくなっちゃうのか」と皆が思ったことは間違いない。

映画『ONCE ダブリンの街角で』(Once: 2007)でグレン・ハンザードたちがピアノを弾く有名なシーンも撮影された楽器店 Waltons も楽譜をかなりそろえていたが、2018年にダブリン郊外に移転してしまった。ギターや管楽器、木管楽器を販売する楽器店はダブリンに点在するが、マッコラ・ピゴットはまともに楽譜を扱う最後の店だった。

ダブリンの音楽教師がオンラインで店の存続のための署名運動を始め、3週間で3000以上もの署名を集めたのだが(私もその一人)、その努力もむなしく、とうとう3月11日をもって閉店してしまった。

営業中はいつも開いていた赤いドアの奥には玄関ホールがあり、壁には音楽の個人レッスンやコンサートなどの宣伝がたくさん貼られていた。

ホール左手のドアの奥が店舗。閉店が発表されてから大勢の人が店を訪れたため、入店の人数制限を行っていた。クラシック音楽、ジャズ、ポップミュージックからオペラまでの幅広い楽譜を扱っていた。すべて半額となる閉店セールで、店内の棚はかなり寂しくなっていたが、それでもまだかなり在庫は残るだろう。地階もある。

スタジオジブリの映画音楽の楽譜も。

ハーモニカや電子ピアノ、ギターなどの楽器も取り扱っていた。

店内は、小学生くらいの子どものために楽譜を選んでいる親、おそらく音楽を専攻している学生、私のような大人の音楽愛好家たちが最後の楽譜選びをしていた。親子数代にわたってこの店を愛用してきた家族も多いのだろう。

店員たちにとっても突然の閉店は寝耳に水だったようだ。レジの若い店員に「次の仕事は決まってる?」と尋ねると、「ひとつオファーがあった」と努めて明るい顔をして教えてくれたのは救いだった。

閉店 1週間前と閉店当日に行って買った楽譜。持っていなかったヘンレ版をここぞとばかりそろえました。半額なのでこんなに買っても60ユーロほど(約8600円)。アメリカの歌手ニール・ダイアモンドの曲のウクレレ楽譜本は、彼の大ファンでウクレレをつまびく友人にプレゼントをするつもり。

グランドピアノの形をしたウェディングカード(結婚する予定の人は周りに今はいないが)と、ショッピングリスト帳も購入。ショパン Chopin(ショッピング shopping)とリスト Liszt (カタカナでは同じリスト list ですね)の苦しい語呂合わせ。

こんなに歴史のあるかけがいのない店を閉店に追い込んだのは、私たちだ。

大人になってピアノの練習を再開して数年経つが、そのあいだに私が楽譜店で買った楽譜はほんの1、2冊だ。店でいろいろな版を見比べて品定めをしたり、「そういえばこの作品も試してみたい」と楽譜を手に取ったりはするが、大手のオンラインショップの方が価格が安いと何の躊躇もなくオンラインで楽譜を購入していた。こういう私たちの行動が、店の閉店を招いてしまったのだと思うと、何とも胸が痛い。