昨年2022年、ダブリンの映画館で観た映画は27本。パンデミック前のペースの半分だが、新旧の名作、英語以外の作品もほどよく観たと思う。

今年観た最初の作品は、当代きっての演技派オリビア・コールマンの主演する『エンパイア・オブ・ライト』(Empire of Light: 2022)。そういえば2021年にロックダウンが明けて最初に観た映画も、コールマンの主演する『ファーザー』(The Father: 2020)だった。

監督・脚本は『アメリカン・ビューティー』や『007 スカイフォール』などを手がけたサム・メンデス、撮影は大御所ロジャー・ディーキンス。日本では今年 2月23日に公開予定。

1980年代初頭のイギリス南部の海辺の町が舞台のこの作品は、映画館で働く中年女性の抱える心の闇を、世代も人種も違う青年との交流を軸に描いている。パワハラやセクハラ、メンタルヘルスの問題などもリアルで心に迫ってくるが、私に一番こたえたのは、黒人青年スティーブンが体験する人種差別だ。

当時、深刻な不況とサッチャーの保守政権のもと、戦後イギリスを支えてきたカリブ、インド、アフリカ、中国からの移民労働者二世、三世が差別の標的となっていて、各都市に社会的緊張と不安がまん延していた。スティーブンは道を歩いているだけで白人の若者に囲まれ、暴力的な言葉を浴びせかけられたり、小突かれたりする。多勢に無勢なので抵抗もせず、彼らと目を合わせないようにして何とか通り過ぎる。こんなことがあった日は、普段は茶目っ気たっぷりで陽気なスティーブンも無口になり、夢も希望も捨てたくなる。

ある日、すっかり映画館での仕事に慣れてきたスティーブンが、常連客である年配の白人男性に、外から食べ物を持ち込むのは禁止だと注意をした。すると男性は憤り、ほかのスタッフ(スティーブン以外はみな白人)に「こんなふうに俺が扱われてもいいのか」と訴え、スティーブンを「こんな…」と指す。スティーブンは「こんな、何ですか」と問うが、男性は面と向かって「こんな黒人に」とは言わない。しかしスティーブンに対する男性の嫌味でおごった態度は明らかに、人種差別から来ている。

この一コマは私に、自分が差別されたときのことを思い起こさせた。アイルランドに移った20年前は、アジア人の語学留学生が増えてきてはいたが、まだ珍しい時代だった。知り合いの日本人や中国人の中には、ガラの悪い子どもたちから卵を投げつけられたり、階段から突き落とされたりする被害にあった人もいる。嫌悪感をあからさまにして「Where are you from?」「Go home!」などと言ってくるのはいつも子どもやティーンエージャーのグループだ。集団の中で怖いものなしになっている彼らには、何を言っても通じないし、「Chinese!」とからかわれたときに「私はジャパニーズだ」と返しても意味はない。差別されるのはアジア人であるためだからだ。

一番嫌なのは、この映画の男性客のように圧を与えてきたり、無視をしたりする差別だ。私はカフェやレストランで、わざと目に入らないふりをされたり、つっけんどんにされたことが何回かある。私を鼻であしらったウェイターが隣りのテーブルにはせっせと笑顔で給仕をしているのを見たりすると、何とも言えない気分になるものだ。反対に、私が店で働いて接客をしていると、目の前にいる私は素通りしてほかの白人スタッフにのみ話しかけるという客もいる。これも無言の人種差別だ。

今でもこうした差別を受けることはあるが、いちいち気にしていたら仕方がない。人種差別は日本でも、アイルランドでも、どこにでもある。アジア人同士で差別をすることもある。でも、差別されて初めて感じるあの嫌な気持ちは、一生忘れられるものではない。この思いを他の人に味わわせることはしたくない。

ダブリン城の庭も少しずつ春の装いに。

小鳥用の巣箱を発見!