面倒な時代になった。何人かで集まって食事をしようとすると、必ず誰かが菜食主義者 vegetarian だったりビーガン vegan だったり、何らかの食物アレルギーをもっていたりするので、行けるレストランが限られてしまうのだ。

よく知らないものは食べたくないというアイルランド人も結構いる。好奇心旺盛で怖いもの知らずの友人のノーラでさえ、甲殻類には手をつけない。辛いものも苦手だ。彼女の太極拳仲間の一人(オランダ人)はベジタリアン。二人でよくイギリスやアイルランド各地の太極拳のワークショップに参加しているのだが、旅行先では必ずインド料理屋に行くことになるそうだ。その理由は、野菜が中心のメニューが多いから。ただ、辛いものが食べられないノーラは、香辛料の少ないコルマ(クリームやナッツ類がベースのマイルドな料理)をいつも頼むことになってしまい、旅行中の外食がつまらないと嘆いていた。

食物アレルギーや宗教的な理由以外に、健康維持のためや自分の信条として、動物の肉は食べないという人が年々増えている。2018年のアイルランド食糧庁 Bord Bia の調査によると、ベジタリアンはアイルランドの人口の 4.3パーセント、4.1パーセントがビーガン(卵や乳製品、ハチミツなども含めた動物性食品を食べない完全菜食主義者)だった。共通して女性の方が多く、約3分の2が 45歳以下だという。

日本ではというと、ある調査ではベジタリアン率は 3.8パーセント、ビーガンは 2.2パーセント、両方に重複した回答を差し引くと、合わせて 5.1パーセントになるという(2021年12月)。アイルランドではベジタリアンとビーガンを合わせると 8.4パーセント。そんなものかという気はするが、日本の数字は私の感覚より多い。知り合いに誰も菜食主義者がいないからか。

1986年にダブリンの中心地にオープンしたベジタリアン専門店コルヌコピア Cornucopia Wholefoods Restaurant。以前は簡易食堂のような風情だったが、この20年のあいだに店舗を拡張、外装も内装も立派になった人気店。食料廃棄の問題に一石を投じるテイクアウトサービス Too Good To Go にも参画している。

私と夫が2007年に東京のホテルで結婚披露宴をしたとき、ゲストの中で一人だけベジタリアンがいた。当時日本に住んでいたアイルランド人の元同僚だ。披露宴の食事の内容を決めるとき(日本の家族が全部やってくれた)、ホテル側に一人分ベジタリアンメニューをお願いすると、「チキンならいいですか」という返事が返ってきた。いえ、チキンはお肉なのでだめです。「では海老になりますが」……。

その友人に問い合わせると、動物福祉への配慮からベジタリアンになったのであり、食物アレルギーがあるわけではないということ。そして、日本で「肉も魚も食べない」というのは非常に不便なので、「選択肢がなければ魚介類は食べることにした」、なので披露宴での海老も大丈夫だと言ってくれた。

そのホテルの対応から、日本ではまだまだ菜食主義の概念は浸透していないのだなと思った。健康志向がどんどん高まっているのは日本も同じだから、今ならもっと融通の利くところがあるだろうか。いや、疑わしいなあ。

今週、夫の誕生日を祝って、ちょっと珍しいレストランを予約した。シックス・バイ・ニコ Six by Nico という、スコットランド出身の人気シェフのプロデュースによるレストランだ。

Six by Nico レストラン。ルアス Luas と呼ばれる路面電車の走るダブリンの繁華街の一角にある。

開放的な空間で、シックだがきらびやかなインテリア。イギリスチェーンの今時のレストランやホテルはみんなこんな内装だと思ってしまう。

このレストランのコンセプトは、6週間ごとに違うテーマで6コースのメニューを提供するというもの。今月下旬までのテーマは「Down the Rabbit Hole」で、『不思議の国のアリス』に触発されたメニューだ。値段は一人50ユーロ(約7300円)、ワインもボトルで26ユーロ(約3800円)からと、物価の高いダブリンにしては良心的。

ベジタリアン、ビーガン向けのコースもそれぞれあり、肉・魚のあるコースと同じ値段である。メニューを見ていくと、茄子をメインに使ったものがあったので、茄子好きな私はベジタリアンコースを注文することにした。

メニューはライスペーパーに印刷されているので食べられる。このメニュー用紙、イギリスからの輸入のため税関で時間がかかっているそうで、ストックのあるビーガンコースのものを渡された。英国のEU離脱(ブレグジッド)は英国・アイルランド間の物の輸送を複雑化して大きな遅延をもたらすことがあるが、こんなところにも影響が。

写真左はコース 2つ目の料理「The White Rabbit 白うさぎ」。手前のベジタリアン版は、ゴートチーズ(山羊の乳から作られたチーズ)のムースと盛りだくさんの焼き人参。奥の夫のものは、ウサギ肉とデーツの肉巻きに牛脂でローストした人参など。写真右は5つ目の料理で、お題は「Eat Me, Drink Me!私を食べて、飲んで!」。ベジタリアン版は私の期待していたナス料理で、ゆず味噌風味の焼きナスが大根汁に浸かっているもの。ナスが肉薄であまり食べ応えがなく、ゆずが効きすぎているのか汁の酸味が強すぎたので、かなりがっかり。奥の肉・魚入りバージョンでは、ナスの代わりに魚の鱈(タラ)cod がだし汁に浸かっている。

6皿食べて、夫も私も量的には大満足。肝心の味の方は、両方のコースを少しずつ試してみた結果、肉・魚入りコースに軍配が上がった。しかし肉の割合が多すぎる料理もあったので、それは肉を少なめにして、ベジタリアンコースの中の野菜を盛れば食べやすくなるのではと思った。

つい最近日本でたらふくおいしいものを食べてきたばかりなものだから、少し採点が辛かったかもしれない。バランスの取れた日本食に勝るものはないと再認識した。