日本帰国④ 音声ガイドを使って美術館見学
新しい言葉を覚えると使いたくなる。英語も日本語も同じだ。
この10月の日本旅行で、羽田から神戸に向かう機上で機内誌を読んでいたときのこと。スカイマーク社長が冒頭あいさつの中で、何かが「SNS上でバズった」と書いていた。バズるだなんて今時の言葉だなと思ったら、「この言葉、初めて使ってみました(笑)」と続いていた。わかります、その気持ち。
私も、日本で覚えた「トリセツ」という言葉を使いたいのだけれど、「美術館・博物館見学のポイント」と言った方がしっくりくるので、私なりのポイントをご紹介する。
1.一人で行く
夫はつきあった当初、私がモディリアーニが好きだと言ったことにひどく感心したらしい(彼は当時モディリアーニを知らなかった)。私は実際は『モンパルナスの灯』という映画でモディリアーニを演じていたジェラール・フィリップが好きだっただけなのだが、夫は以来絵画に関心をもつようになり、いっしょに美術館に行くと、たいがい私より熱心に鑑賞している。それはそれでいいのだが、私と観るペースが違うのでお互い時間調節をする羽目になる。
また、サイエンス好きな彼と旅行に行くと、科学博物館なども行かなければ、とプレッシャーがかかる。一人で旅行すると、本当に自分で行きたいところだけ行けるのでとても楽だ。
国立西洋美術館で開催中の特別展「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」(2023年1月22日まで)。まず常設展に行き、別の日にこの特別展を訪れた。
各時代のピカソだけではなく、クレー、マティス、ブラック、ジャコメッティ、そしてセザンヌの作品が一堂に見られる。
2. 一日にひとつの美術館・博物館しか回らない
今回の旅行では上野に数泊したのだが、それは東京国立美術館、国立西洋美術館に通いたかったからだ。美術評論家の山田五郎さんが「東京国立博物館の常設展にみんなもっと行ってくださいよ」と言っていたので、単純な私はそうしようと思ったのである。
20年以上前のことだが、日本からイタリアへの団体旅行に参加したことがあった。一週間でローマ、ピサ、フィレンツェ、ボローニャ、ミラノを訪れるという強行軍。フィレンツェのウフィツィ美術館では正味50分しか時間がなく、館内を文字どおり走り回った。そんな日程では一日に複数の美術館に寄れるかもしれないが、何も記憶に残らない。「今日はこの美術館だけ」と決めて集中して見学する方が、脳にも足にもいい。
3.見たいテーマをしぼり、一度の鑑賞時間は2~3時間程度にする
アイルランドには大規模な美術館・博物館が少ないので、海外に行くとその規模に圧倒されることがある。東京国立博物館も然り。6つも展示館があり、何をどう観ればいいのかわからない。そこで「トーハクなび」という見学コースを紹介しているアプリをダウンロードし、おすすめコースの中から本館の「日本美術入門コース」を選び、その案内に従って作品を見ていくことにした。こういう指針があるとありがたい。
その後まだ余力があったので、東洋館の五室の「イスラーム陶器」特別展示に足を運んだ。ふとその展示室の向こうの六室に目をやると、アジアの占い体験」コーナーがある。ボランティアの方が招き入れてくれ、モンゴルの「シャガイ占い」とやらを体験させてくれた。そんなこんなで、10時に入館してから3時間ほどが経過、ほどよい疲れ具合になった。
東洋館の六室の「アジアの占い体験」コーナー。モンゴルのシャガイ占いとは、羊のシャガイ(くるぶしの骨)を 4つ、サイコロのように転がして占うもの。シャガイには上下左右 4つの面があり、それぞれの面に「馬」「ラクダ」「羊」「ヤギ」という名前がついていて、どの面がいくつ出たかの組み合わせで運勢がわかる。
私は馬がひとつ、羊が 3つ出て「幸運が長く続く」という最高の運勢に!
私の訪れた10月上旬、常設展示は空いていた。10月18日からは創立 150周年記念の特別展示「国宝 東京国立博物館のすべて」をやっているので(12月 11日まで)、人出も多いのでは。
美術館を出て遅い昼食を取った後、友人とかっぱ橋道具街で買い物をしたりした。ここはアイルランドかと見まがうばかりの緑の郵便ポストを発見。
東京国立美術館、西洋美術館では多くの展示物が写真撮影可だったので、スマホでパシャパシャと写真を撮った。一方、神戸市立博物館の特別展示では写真撮影は一切不可だったため、食い入るように展示品や説明書きを見ることになった。何でもスマホに頼りすぎると、観たつもり、覚えたつもりになって実は何も残っていないということもあるから、撮影できなくてよかったかも。
三宮の神戸市立博物館では、12月4日まで特別展示「よみがえる川崎美術館展」が開催中。川崎造船所(現在の川崎重工業)や神戸新聞社を創業した川崎正蔵の散逸したコレクションの一部を約100年ぶりに集めている。狩野派や雪舟、七宝焼、円山応挙の襖絵(東京国立博物館蔵)など、見応えあり。
ロビーでの写真撮影は可。「名誉の屏風」と呼ばれた金地の屏風が鮮やかだった。
4.ガイドツアー、音声ガイドを利用する
私は美術館の類に行くと、ガイドツアーがあるかどうか必ず調べる。実際に生の人間に説明してもらうと、その人の情熱が伝わり、展示品よりも「こんな人が案内してくれた」ということが心に残ったりする。
日本で私が行ったところではまだ人によるガイドツアーは再開していない模様だった。そこで上述のように、東京国立博物館の常設展では無料のアプリの音声ガイドを利用。神戸市立博物館の特別展では音声ガイドを600円で購入した。主要な作品の説明を音声で聴きながら回っていくと、目からも耳からも作品を鑑賞できて、その世界にすっぽりと入ったような気になった。
東京国立博物館の常設展で目を引いたのは、古墳時代(6世紀)の埴輪「短甲の武人(埼玉県熊谷市上中条出土)」。真正面を向いているのではなく、少し首を横に向けていることに、音声ガイドの説明で初めて気づいた。誰かに語りかけているような、自分の部隊がきちんと整列しているかなどを確認しているかのような表情に突然見えてきたから不思議。
5.ミュージアムショップに必ず立ち寄る
ショップを見ると、その美術館・博物館の「売り」、どの展示物に力を入れているかが一目瞭然だ。日本のミュージアムショップの thoughtful (考え深い)で多彩な商品にはうならせられた。地元のアーティストや企業とのコラボレーションも進んでいる。陳列棚に整然と並べられた光景は、それだけで展覧会のよう。私の美術館見学は、ショップに立ち寄らないことには終わらない。
東京国立博物館には「はにわ」の形をしたお砂糖が!
国立西洋美術館のビーズリングと、そのモチーフとなったダンテ・ガブリエル・ロセッティの絵「愛の杯」。リングを買ってから展示室に戻って絵をもう一度じっくり見てきた。
神戸市立博物館の絵ハガキ。折り目に沿って折るとミニチュア屏風に。
以上が私が美術館などを訪れる際のポイントだ。
上野での滞在先は、この界隈にもいくつかあるアパホテルだった。新型コロナウイルスの影響で旅行業界が大きなあおりを受けている中でも、黒字を出し続けている「新都市型ホテル」チェーンだ。部屋は広くはないが都内では十分なスペースで、荷物や服をかけるフックなどもたくさんあった。スタッフの応対も申し分なく、また次も利用したくなった。さすが。
清掃を頼まないと換えのタオルやアメニティをドアにかけておいてくれる。神戸のホテルでもそうだったので、日本では今や標準的なサービスなのかもしれないが、ヨーロッパのホテルでは経験したことがない。
食欲の秋、芸術の秋を満喫できた日本旅行。ダブリンに戻って早や2週間近くが経ち、夏時間が終わって今度は日が暮れるのがぐっと早くなった。とっぷり更けた秋の日にはダブリンでもアート鑑賞といきたい。
秋といえばスポーツも。今年で41回目となるダブリンマラソンが10月30日(日)に行われた。朝8時45分にスタート、2万5千人の参加者が秋晴れの中ダブリン市内を駆け抜けた。大幅な交通規制があったので、私は日曜でも仕事で、通常の倍以上の時間をかけて通勤するはめに。でも停車中のバスの中からランナーたちを応援できた。
ダブリンのわが家の近くで見た、ちょっと怖いハロウィーンの飾りつけ。もちろん偽物!