アイルランドではいつおばさんになるのか
「今日、何があったか知ってる?」と帰宅直後に夫に聞かれたのが先週の木曜日。何のことやらわからないでいると、英国女王エリザベス2世(1926-2022)の訃報を告げられた。テレビをつけると臨時ニュースが流れていた。
翌日、私は普通に職場に行き、普通に仕事をした。テレビや新聞では新国王の動き、エリザベス女王の葬儀などについて毎日報じられているが、一週間近く経った今でも、私の周りでこうしたニュースが話題に上がったことはない。
夫は「アイルランドでイギリスの王政なんかについて気軽に話せないよ」と言う。確かに、いろいろな考えや立場の人がいるのだから、何も言わないのが賢明なのだろう。
さて話を一転。
同じダブリンに住む仲のよい日本人の友人を訪ねた。彼女は元気な女の子を出産したばかり。生後7週間の赤ちゃんは手も足もむちむちしていて、大きくなりそう。
気の置けない友人と日本語で盛り上がっているあいだ、赤ちゃんはソファの上に置かれたクッション(実は枕)の上に鎮座し、機嫌がいい。友人が赤ちゃんに私のことを「リエお姉さん」と言っているので、私は首を振って「おばさんでいいよ」と言う。さすがに赤ん坊から見て「お姉さん」というのは気恥ずかしい。
「お姉さん、今日は白菜が安いよー。」
20数年前、東京の吉祥寺に住んでいたとき、駅近くの八百屋に立ち寄ることがたまにあった。威勢のいいお店のお兄さんが、通りかかる女性に「お嬢さん」「お姉さん」と呼びかけていた。中年や年配の女性にも「お姉さん」だったので、当時20代だった私は「お嬢さん」と呼ばれたかもしれないが、それは覚えていない。
今考えれば30代であっただろうそのお兄さん。もう少し上の年代だったら当時の私には「おじさん」と映り、中年男性として記憶に残っていたかもしれない。
私は30歳でアイルランドに移った。数年後に日本に一時帰国をしたとき、年の違わない友人が「もう私たちもおばさんだからね」と言うのに驚いた記憶がある。え、私たちもうおばさんなの?と問いただしたくなった。
でも日本でもし生活をしていたら、30代であっても、子どもや一世代くらい下の人たちからは「おばさん」と見られるはずだ。そして年を経るごとに他人から「おばさん」と映る割合が多くなり、自分でもそれをだんだんと受け入れるようになるのだと思う。
アイルランドでは日本人と接することは少ないし、日本語で「おばさん」と言われたことも、誰かを「おばさん」だと思ったこともない。子育てをしていないので、子どもの目線では自分がどれだけ歳をとって見えるか、ほとんど考えたこともない。
英語を使って生活していると、大学生や20代の人たちといっしょにいても、世代の差を実感することはあまりない。それに慣れてしまっていた私が「日本だったら『おばさん』だよね」と自分を見なすようになったのは、去年50歳の大台を迎えてからだ。
人の多いダブリンの通りで、幼児が道におもちゃを落とした。おもちゃを拾って「There you go. ほら、どうぞ」と手渡してあげると、その子を連れた年配の男性が、「Say ‘Thank you’ to the nice lady. この優しいレディに『ありがとう』って言うんだよ」とその子を促した。
あれ? 以前なら「young lady ヤングレディ」と言われていたのに、いつの間にかただのレディになっている。英語でもやはり、確実におばさんになっているようだ。