『ケルズの書』とトリニティ大学旧図書館を見るなら今
スペインのサラゴサから旧友と13歳になる娘さんが遊びに来ている。仕事がオフの日に一日いっしょに行動し、ダブリンを観光客目線で歩いてみた。
晴天のダブリン。グラフトン通り近くにある有名なモリ―・マローン Molly Malone 像と、ストリートミュージシャン。
この像は、17世紀にダブリンで魚売りをしていたという娘モリ―の歌を題材にしている。モリ―は夜は売春婦だったという説もあり、彼女の胸を触っていく人が多いのでそこだけぴかぴか。
ダブリン観光の王道といえば、トリニティ大学の『ケルズの書』The Book of Kells、聖パトリック大聖堂 Saint Patrick’s Cathedral、そしてギネス・ストアハウス Guinness Storehouse(ギネスビールの博物館)。全部一日で十分に見て回れる。ビールは13歳の娘さんには早いし、聖パトリック大聖堂には私が仕事の日に行ったというので、今回はいざ、トリニティ大学へ。
トリニティ大学の近くには、私が半年ほど通った英語の語学学校(だいぶ前に閉校)があった。午後1時過ぎに授業が終わると、クラスメイトとたまに大学に来て、学生食堂で昼食を食べた思い出がある。当時はここで勉強をしている大学生の知り合いも多く、彼らが「旅行客がいつも構内をうろついているから、大学というより観光地にいる感覚だよ」と言うのを聞いて、ごもっとも、とうなずいていた。
さて今回、友人が奮発をして、大学キャンパスのガイドツアーと『ケルズの書』入場券がセットのチケットを私の分も買ってくれた。大人は29ユーロ(約4000円)もするが、『ケルズの書』は単体でも18ユーロ50セントするので、ガイドツアー付きでこの値段は当然だ。
トリニティ大学の正門を入って広場に出ると、正面にこの塔(写真右手)が建っている。キャンパスのガイドツアーはここで始まる。
去年あたりに、「『ケルズの書』が、建物の工事のために3年ほど休館になる」という噂が巷で流れた。それでなくても資金調達に必死のトリニティ大学、金づるの観光名所『ケルズの書』から何年も収入が得られなくなったらどうするのだろう、と思っていた。
その疑問はこのツアーのガイドの説明によって解消された。『ケルズの書』が休館になるわけではない、ということだった。今『ケルズの書』は旧図書館(オールドライブラリー)の建物に保管されているが、この建物の改修工事が来年始まる。それに伴い、『ケルズの書』はキャンパス内の別の建物に移されるそうだ。移転のため閉館するとしても、せいぜいオフシーズンの数日だろう。*
*注:(2022年10月追記)旧図書館が工事のために閉まるのは2023年10月から3年ほどと言われている。『ケルズの書』は下記に記述する同じキャンパス内の The Printing House という建物に移されるが、2023年夏ごろから数カ月間は移転のため閉館するそうです。
現在、写真奥の建物の地階に『ケルズの書』がある。巨大な閲覧室「ロングルーム」で名高い旧図書館は上階部に。
400年以上にわたって貴重な写本や版本コレクションなどを管理している旧図書館の建物は、近年、環境汚染や埃の堆積が建物の構造に与える影響が深刻になっている。加えて、2019年にパリで起きたノートルダム大聖堂の火災が関係者の懸念を深め、同館の保存および再開発計画が加速したのだそうだ。
では『ケルズの書』はどこに移されるのかというと、いくつもの案を経て決まったのはここ。1734年に建立され、学生たちが学内で印刷をするために使ったことからその名も「印刷所 The Printing House」。新古典主義(ネオクラシカル)建築の建物だ。ここが来年以降、『ケルズの書』の新しい所在地となる。
「The Printing House は、歴史的な建造物として『ケルズの書』を収めるのには適しているかもしれないけれど、入口などは見てのとおり人が 2人すれ違うのが難しいくらい小さい。大勢の入場者を受け入れるのには適切かどうか」とガイドのポールさん。確かに、出入口を拡張しないことには、団体客の受け入れは難航するだろう。
現在の建物では、『ケルズの書』の実物を見る前にまずパネル展示室を見学する流れになっている。そこで装飾写本の技術や他の写本について学び、奥の部屋に鎮座している『ケルズの書』に満を持してご対面、なのである。来年新しい建物に移った暁には、展示スペースも生まれ変わってギフトショップと共に目の前の敷地に建てられるそうだ。
ガイドのポールさんは、大学キャンパスにあるいろいろな建物を回りながらその歴史や見どころを説明してくれ、1時間弱でツアーは終了した。その後はセルフガイドで『ケルズの書』の見学。私は何回か来ているが、いつも非常に混雑している。
The Book of Kells 展示室。『ケルズの書』は西暦 800年までに完成されたとされる聖書の豪華な手写本。キリストや 4つの福音書の記者を表した人物画、鳥や動物や植物の文様、十字架、渦巻き等の幾何学図形などが盛り込まれ、文字(ラテン語)も様々な図柄で装飾されている。
羊皮紙に書かれた文字と絵図柄には、主に粘土や鉱物から採取された着色料が使われた。樹皮、木の実、苔なども使用。
『ケルズの書』そのものを収めた小さな展示ルームは撮影禁止。ちょうど展示室のパネルにあった『キリストの即位 Christ enthroned』という有名なページが公開されていた。キリスト像、クジャク(キリスト復活の象徴)、一人ひとり個性的な顔をしている天使たち…。一度に見開き2ページしか見られないので、何年か後に訪れると別のページが見られる楽しみがある。
Abbey of Kells, Public domain, via Wikimedia Commons
展示ルームの奥の階段を上ると、トリニティ大学が誇るもうひとつの目玉、旧図書館の「ロングルーム The Long Room」に入ることができる。ここは世界中から有名人も訪れているし、映画『スターウォーズ』のあるシーンのモデルにもなったそう。1712年に建築が始まり、20年後に完成。当時は天井は石こうで作られ平らだったが、より多くの本を保管するため、1861年に現在のアーチ形の天井になり、高い部分の本棚が作られたそうだ。
濃いオーク材のインテリアが重厚な雰囲気を醸し出し、高い天井まで続く本棚、その前に並ぶ胸像が印象的な、旧図書館の閲覧室「ロングルーム」。幅12メートル、奥行き64メートル。
天井がアーチ形になる以前の内観(1858年)。
ロングルームには、現存するアイルランド最古のハープも保管されている。15世紀にオークと柳の木で作られ、29の真鍮(しんちゅう)の弦がある。アイルランドの国を表す紋章のモデルとなった竪琴だ。この国で発行されるユーロ硬貨の片面のデザインにもなっている。
部屋の奥には『ケルズの書』のレプリカも。縦 33センチ、見開きで横 50センチほど。実物の絢爛さとは比べ物にならないですが。
来年から数年間はこのロングルームは見られなくなる。改築が終わって新たに一般に公開されるようになっても、『ケルズの書』と別の建物になるから、忙しい観光客には効率が悪い。ロングルーム見学自体、別料金がかかるようになるに違いない。だからセットで見られる今のうちに訪れて、よかった!
トリニティ大学を後にして、アイルランド音楽の演奏で賑わうパブ、オドノヒュー O’Donoghues Bar へ。大学からは徒歩10分ほどで、セント・スティーブンス・グリーン(公園)St. Stephen’s Green からすぐ。
毎週日曜の午後はベテランのミュージシャンが中庭でアイルランド音楽を奏でている。モリー・マローンの歌は一番盛り上がるレパートリー曲のひとつ。さびの部分はみんなで合唱。