日本は梅雨模様。アイルランドには梅雨はないが、「一日のうちに四季がある Four seasons in one day」とよく言われるように天気は変わりやすい。

日本の年間平均降水量の方がアイルランドよりはるかに多いのだが、日本の降水量は梅雨と台風の時期に集中しているので、アイルランドの方が雨降りの日は多いと思う。

庭のある今の家に越して来たとき、庭いじりの好きなアイルランド人たちに「私は庭仕事には全く興味がないけれど、たまに水やりくらいはしてもいいかな」と言ったら、「この国では、水やりは庭仕事の中で唯一しなくていいことだよ」と笑われた。

実際、アイルランドに長く住んでいると、様々なタイプの雨に慣れてくる。外に出て雨空を見上げたとき、傘をさすべきかささないべきか、の判断が一瞬でできるようになる。いや、一瞬でしなければならない。

スティーブンス・グリーン・ショッピングセンター Stephan’s Green Shopping Centre の前。傘をさす人の割合は高いが、空は明るく晴れてきているので「もうすぐ止むだろうな」と傘をささずに歩く人たちも。

仕事を終えて同僚と外に出たときにバケツをひっくり返したような激しい雨が降っていたら、もちろん有無を言わず傘を取り出す。しかし風が強かったりしたら傘はまったく役に立たないので、私は職場から数分のバス停に向かって速足で歩く。

「うわ、すごい雨、私急ぐから! Wow, it’s lashing, I must dash!」

ザーザーと激しい雨が降っていることを pouring down とか raining cats and dogs と表現するが、アイルランドでは lashing という言葉をよく使う。Lash ラッシュとは鞭(むち)のことで、むちをバシッとはたき打つような強い雨が降っているイメージだ。

ただ、こんな強い雨が降るのはだいたい短時間で、5分や10分待てば雨脚が弱まる可能性が強い。外を歩かなければならないときに lashing rain に出くわしたら運が悪いというしかない。

アイルランドでよくある雨は、drizzle と表現する小雨。ドレッシングやソースを料理の上にちょちょっと軽くかける感じが drizzle だ。

「今、雨降ってる?」と聞いて「うん、でもほんの軽いやつ。Yeah, but just a drizzle」との答えが返ってきたら、言外に「だからすぐ止むよ、大丈夫」という意味を含んでいるので安心する。傘をさすほどではないな、と思ってよい。

怪しい空模様になりそうな日は、フード付きのジャケットやコートを着て出かける。まあ、そもそもいつ天気が崩れてもおかしくないので、フード付きの服を着ることが当たり前になる。

小雨のような雨が降る天候の日のことを a soft day というのはアイルランド的な表現だ。いわゆる霧雨ほど細かい雨ではなく、地面にぽたっとたどり着く前に水滴が空気の中で分散していくような柔らかい雨だ。だから「ソフト」なのだろう。

森本哲郎さんは『日本語 表と裏』の「しとしと」の章の中でこう書かれている。

中国を旅したときのこと。案内役をつとめてくれた日本語の達者な中国の友人に、私は「雨がしとしと降る」といった日本語の表現を中国語にどう訳したらいいのか、ときいてみた。彼はしばらく考えたすえ、こう答えた。

「さて、何と訳したものかなあ。強いて訳せば、細雨不停地下(シーユーブティンディシャー)とでもいうかな」

つまり、細い雨が停(や)まずに降る、というわけである。しかし、こう訳してみても、日本語の「しとしと」という情感は、とうてい伝わらないだろう、と彼はいった。

しとしと降る雨の中を、「It’s a grand soft day!」と意に介することなく歩く人たち。これがアイルランドの光景だ。