私が足繫く通うダブリンの映画館、IFI(Irish Film Institute)では、毎年11月にフランス映画祭が開催される。去年は2度目のロックダウンの最中だったのですべてオンラインだったが、22回目となる今年は、映画館とオンラインでの両方での上映という形になった。

人気のある映画祭なので、プログラムが発表になってすぐの11月頭に上映チケットを数枚買った。座席指定で、キャパシティの60%までの観客数が上限だったが、映画祭2日目となる11月18日からは映画館と劇場のキャパシティは100%になった。ただし入館にあたって「EUデジタルコロナ証明書」、いわゆるワクチンパスポートを提示しなければならない(この映画館では以前からワクチンパスポートの提示が求められた)。

映画館としては席が埋められるイコール収益が上がるわけだし、私も映画はできるだけ映画館で観る主義だが、人気のある映画の上映回には隣の席に知らない人が座る可能性が。コロナ以前では当たり前のことだったが、この時世、ちょっと不安だ。しかしフランス映画祭の観客の年齢層はわりと高く、上映中もきちんとマスクをしている人が大多数だったので、不快な思いをすることなく映画に集中することができた。

今年は11月17日から28日までだった IFI French Film Festival。12日間で28本のフランス映画の新作、旧名作がやってきた。

今回の目玉は、ベルギー出身の人気女優ヴィルジニー・エフィラ Virginie Efira が主演するサスペンスドラマ、『Madeleine Collins』(2021)。主役陣の演技もストーリーもよかった。監督のアントワーヌ・バロー Antoine Barraud は映画祭のゲストで、上映後にインタビューに答えた。これも映画祭ならではの楽しみ。

映画祭の文化パートナーのひとつは、日本にもあるフランス語と文化の教育機関アリアンス・フランセーズ Alliance Française。映画祭の期間中、アリアンス・フランセーズの会員は割引で観賞できる回があった。ジュリエット・ビノシュ Juliette Binoche が主演する映画だったのでたまたま赴いたら、「ここにおいでのみなさんに、サプライズがあります!」と上映前にアナウンスが。

「ご自分の席の下をのぞいてみてください。白い封筒が座席の下に貼りつけられていませんか。」

あるわけないでしょ、と思いながら私の座席の下を探ってみると、白い封筒あったあった! このときは満席ではなく、私の両サイドとも3つくらい先の席に他の人が座っていたのだが、彼らと目を見合わせると「You have to go to the stage!」、前方のステージに行け、と指さしている。ここでもたもたして映画上映を遅らせてはならない、と私は焦って前に出た。

すでにもうひとりの女性が白い封筒を手にもってステージに登壇している。その女性は司会者からフランス語で「お名前は」などと聞かれて難なく答えている。その人が封筒を開けると司会者はのぞきこみ、「おめでとうございます!アリアンス・フランセーズでの授業が1年間無料になります!」と大仰に言う。女性は何かフランス語で言って自分の席に下がった。

私の脳は「私の名前は〇〇です」ってフランス語で何て言うんだっけ、とフル回転。こんな大勢の人(60~70人だけど)の前で恥をかいてはいけない! 司会者は私の方を振り向くや名前を聞いてきたので(多分)、「Je m’appelle ジュマペール(私の名前は)…」と脳みそを振り絞って出てきたフランス語で答えた。

私の封筒を開けると、そこには Goodie bag という文字が。グッディー・バッグとは、お菓子などの詰め合わせ、またはお店の小物や試供品などをいくつか入れた「お楽しみ袋」的なものである。私の経験上、グッディー・バッグにほしいものが入っていた試しがない。司会者が「おめでとう!」と渡してくれたトートバッグを、私は「Merci beaucoup… メルシー・ボクー」とつぶやきながら受け取った。席に戻る途中で誰かが大きく客席から手を振っている。知り合いのミッシェルだ。私も手を振り返し、「映画の後でちょっと話そうね」みたいな挨拶を目だけで交わして(マスクをしていますからね)席に着いた。

司会者は「封筒は全部で3つあるはずなんですけどねえ」と3つ目の封筒の持ち主を探して客席を見渡している。誰も声を上げないので、「どなたか、ぜひともプレゼントがほしいという人はいませんか」と聞いてくる。こんなところで手を挙げる人はいないだろうと思っていると、若い女性が「私!」と大きな声を上げた。「It’s my birthday! I deserve a gift! 今日私の誕生日なの、だから何かもらう資格あるわよね」と大きく主張している。拍手をしたり声援を送ったりしてその若い女性を後押しする人はいない。「何かこの人図々しいな」と感じている様子が手に取るようにわかる。しかしそこはみんなオトナで、彼女が結局「無料1年レッスン券」を手に入れて「私ずっとフランス語習いたいと思ってたの、ボーフレンドがフランス人なのよ」とはしゃいでいるのを黙って見守っていた。

さて、中身に期待のできないグッディー・バッグと言えども何かに当たることなんてめったにないので、ドキドキ気分のままジュリエット・ビノシュの新作『Between Two World』(2021)を観た。上映後、50代半ばのビノシュがすっぴんでもラフな格好でも変わらず魅力的だ、とミッシェルとその連れの女性と立ち話で盛り上がった。大学生の時に渋谷の映画館で観た『ポンヌフの恋人』(Les Amants du Pont-Neuf: 1991)から変わらない初々しさ。

家に帰って開けたグッディー・バッグの中身は以下の通り。ほぼ全てアリアンス・フランセーズのロゴ入り。マグカップはちょっと嬉しい。

  • トートバッグ、マグカップ
  • ワッペン4個、フランスのミニ国旗、赤と白の風船
  • ダブリンのシティセンターの地図
  • ミニ色鉛筆セット、ポストイットセット、ボールペン
  • フランス語の動詞の活用チャート
  • なぜかヨーヨー

11月にしては暖かい日が続いていたが、フランス映画祭が終わるころには朝には霜が降りるくらい寒くなった。風邪を引かないようにしなくちゃと気を引き締める間もなく、喉が痛くなってきた。これは私の典型的な風邪の兆候だ。

11月25日の朝、庭の芝生もバス停の近くの小さな野原も霜に覆われていた。

のどが痛くなって2、3日してから咳、鼻が出始め、一日仕事を休んで3日間休養したらほぼよくなった。一年に一度あるかないかの私の風邪のパターンで、英語でよく言う head cold、「頭風邪」だ。これは、頭部(首から上)に起こる症状の風邪のことで、鼻づまり、鼻水、目がかゆくなったりしょぼしょぼしたりすることだ。日本語では「鼻風邪」に当たるのかもしれない。

しかしコロナウィルスと普通の風邪の初期症状はほとんどいっしょなので、周囲の人を安心させるためにも、自宅でできる検査をしてみた。

今は多くのスーパーや薬局でも売っている Antigen Test 抗原検査キット。私が買ったのはドイツ製で、1箱(検査一回分)4ユーロ(約500円)。

まずは鼻の入口1~2センチのところに綿棒のような棒を突っ込んで分泌液などを採取(鼻腔スワブ)。それを検査液に漬け、それから検査キットに数滴垂らして待つこと15分強。キットの窓の C のところにくっきり線が出たので、「陰性」!

高精度をうたっているが、こういった抗原検査キットでは微量のウィルスは検出することが難しい。ウィルス感染者と接触があったり、風邪の症状が長引く場合にはもちろん、医療従事者によるPCR検査を受けるべきだ。

アイルランドでは、12歳以上のワクチン接種率が91%に及び、ブースター接種が進んでいるのにもかかわらず、新型コロナ患者の数が減らない。そこへ来てこのオミクロン変異株の出現だ。9歳以上の子どもたちの学校や店などでのマスク着用が求められるようになる(2022年2月に見直す予定)など、また規制が厳しくなる。各国のコロナ対策、特に日本が外国人の入国を一時的に制限したニュースも複雑な思いで受け止めた。

去年は秋からのロックダウンを12月の3週間だけ解除したのがたたり、クリスマス後に5カ月近くもロックダウンになってしまった。また同じようになることだけは防ぎたい、とみな切実に思っている。今後は個人個人がどう責任をもって行動するかが大きな鍵だ。