バースを後にしてロンドンへ。前回ロンドンに来たのは4年前で、出張で上司といっしょだったためにあちこち回る余裕はなかった。今回はウィリアム・モリスやジョセフ・ライト・オブ・ダービーなど、イギリス出身のアーティストの作品を美術館で見て回ることと、日本系のケーキ屋さんでモンブランを食べることがメインの目的。

日本ではまだ海外旅行なんて考えられないようだけれど(実際ロンドンでも日本人観光客の姿は目にしなかったかも)、アイルランドには9月くらいから海外からの観光客が戻ってきていて、同時に周囲の友人や同僚たちが海外にホリデーに行き出した。私もいてもたってもいられなくなり、イギリスなら何かあっても英語だし、近いから行こう!と簡単に夫を説き伏せて旅行を計画したのだ。

イングランドでは7月下旬に、新型コロナウイルス関連の行動制限措置のほとんどが解除された。公共交通機関や小売店などの密閉空間ではマスクの着用が求められるが、法律で定められているわけではない。実際、バスや地下鉄に乗っても半数くらいの人がマスクをしていないことに気づいた。しかし美術館やスーパーなどではほとんどの人がマスクをしていたし、人との距離をあけることを促すフロアマークや看板もまだどこにでも見られた。

クリスマスの準備が始まっていたロンドン。ビクトリア&アルバート博物館のすぐ前には特設のスケートリンクが。

ビクトリア&アルバート博物館 Victoria & Albert Museum ではウィリアム・モリスが手がけたカフェ、モリスルーム Morris Room にも行きたかったが、バースからの移動直後でスーツケースを引きずっていたため、「今クロークルームがないから(新型コロナウィルス対策で)」と入館を断られてしまった。

ウィリアム・モリス・ギャラリー William Morris Gallery は、ロンドン中心部から地下鉄で北東に約20分ほどのウォルサムストウ Walthamstow という地域にある。たまたま私たちが民泊したアパートから徒歩10分くらいだったため気軽に行ってみたのだが、予想外に充実した展示内容といい雰囲気のある美術館だった。

モリスは1834年にロンドンの裕福な家庭に産まれた。産業革命により生活用品や家具は工場で大量生産されるようになり、安価だが粗悪な製品があふれていたビクトリア朝に育った彼は、もっと早い時代に生まれたかったと嘆いていたという。職人の手仕事の美が生活を飾っていた中世に戻り、生活と美術を統一することを追及し、モリスは1880年代からアーツ・アンド・クラフツ運動(美術工芸運動 Arts and Crafts Movement)を主導した。

ウィリアム・モリス・ギャラリーは常設展、企画展とも入場無料。公園に面したテラス席もあるカフェも素敵でお勧め!

モリスが装飾を施したピアノ。彼の求めた「美と実用性の一体化」が実現されているのでは。

この時代、デザイナーはデザインだけをし、製造には関わらないのが普通になっていたが、モリスはデザインと製造の工程が分かれているのを嫌い、製造工程にも精通していた。彼は多彩な才能に恵まれた人で、詩や物語の創作、社会思想活動もするかたわら、奥さんといっしょに刺繍も楽しんだそうだ。

ウィリアム・モリス・ギャラリーのお店。クリスマスのデコレーション、クッションカバーからガーデニング用品まで豊富な品揃え。

美と実用性を重視していたモリスは、工芸装飾デザインにあたり、製造工程の異なる製品に同じデザインを用いるべきではないと考えていた。例えば、壁紙と織物とではまったく作り方が異なるから、壁紙なら壁紙用、織物では織物用に特化してそれぞれデザインすべきだということだ。うーむ。現在、モリスの同じモチーフがこんなに多種多様な商品に使われているのを見たら、どう思うでしょうねえ。

モリスは詩や物語の文筆だけではなく、活字、用紙、挿絵、装丁にもこだわり、印刷工房も設立したほど。そんな彼の出版活動や美しい書物を紹介する2階の展示室には、夫がバースで自分への誕生日プレゼントとして買ったユートピア小説『The Dipossessed(所有せざる人々)』の1974年の初版本もあってびっくり(写真右が初版本)。ユートピア(理想郷)を追及したモリスの思想と関連しての展示のようでした。

テート・ブリテン Tate Britain では普通にクロークルームも開いていたし、ボランティア職員によるガイドツアーにも参加することができた。国立美術館(ナショナルギャラリー National Gallery)ではガイドツアーはまだ再開していないとのこと。各美術館によって新型コロナ対策状況は異なるようだ。

テート・ブリテンにある、ジョン・シンガー・サージェントの『カーネーション、リリー、リリー、ローズ Carnation, Lily, Lily, Rose』(1885,、John Singer Sargent, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons )。ラファエロ前派の作品などが壁一面に展示されている部屋にある。

夫の好きなイングランドの画家ジョセフ・ライト・オブ・ダービーの作品『ブルック・ブースビー卿 Sir Brooke Boothby』(1781、Joseph Wright of Derby, Public domain, via Wikimedia Commons )は、ガイドツアーで詳しく話を聞くことができた作品のひとつ。

ナショナル・ギャラリーで見たかったのは、これまた夫の好きなジョセフ・ライト・オブ・ダービーの代表作、『An Experiment on a Bird in the Air Pump 空気ポンプの実験』(1768)。広い館内、どこにあるのか探していると、親切な職員が案内をしてくれた。

「その絵は展示室34にあります。数年前に映画の『007 Skyfall スカイフォール』の撮影で使われた部屋なのよ。」

展示室34には1750年から1850年までのイギリス絵画が展示されている。ターナー、コンスタブル、トマス・ゲインズバラ、馬の絵で有名なスタッブスなどの有名な作品が目白押しで、隣の印象派の作品の並ぶ展示室と並んで人気があるようだ。

トラファルガー広場にあるナショナル・ギャラリー。広場ではクリスマス市がこれから立つところだった。

こげ茶のレザー張りの長椅子に座ってゆっくり鑑賞にふける人が多い。ボンドが新しい「Q」に会うシーンの撮影で使われた際には、この長椅子は黒い別の椅子に変えられたそうだ。写真右の座っている若い男性は映画の中でのボンドのように、J. M. W. ターナーの『戦艦テメレール号 The Fighting Temeraire』(1839)を観ています。

美術館めぐりで忙しかったロンドンでの3日間だが、何と言っても私のハイライトは、ロイヤル・オペラハウスでのランチタイム公演 Live at Lunch だった。この無料公演は9月から来年2月までほぼ毎週金曜に行われる。45分間と短時間で、事前に予約をする必要はないが、オペラなのかバレエなのか、誰が出演するのかは直前にならないとウェブサイトに載らない。私たちが行く予定の日の前日にウェブサイトを見てみたらバレエ公演であることがわかり、しかも出演するダンサーの一人は Takumi Miyake という日本人だったので、これは見逃せない!と馳せ参じた。

今回の公演は、ロイヤル・バレエスクールの最終学年に在籍する2人を講師が指導する、公開練習のような形式だった。オペラハウスの2階にある吹き抜けのホールに腰を落ち着けると、舞台袖にあたる一角では、三宅啄未(たくみ)さんと Ella Newton Severgnini さんが緊張した面持ちで柔軟体操をしているのが見える。

主催者側からの紹介のあと、2人はまずバレエ演目『オネーギン』の中のパ・ド・ドゥ(男女ペアによる踊り)を数分披露してくれた。主役ではなく別のカップルが踊るシーンだそうだが、初々しい誘いと拒絶の恋のかけひき、跳躍もあって、若い2人にぴったりの振りつけだ。

彼らを指導するのは、ロイヤル・バレエ団の元ファースト・ソリストで、現在はロイヤル・バレエスクールで後進の育成にあたっているリカルド・セルヴェラ Richaldo Cervera 氏。マラガ出身のスペイン人だそうだが、英語が母国語なのかと私には思えるくらい流暢だ。シーンの最初から一つひとつの動きをさらっていき、顔の向け方から足の位置、2人の動きのタイミングなどについてアドバイスをする。それも「エラがここで大きくステップを踏んでこの位置に来ていたら、タクミに身体を持ち上げてもらいやすいし、タクミもこの方が楽でしょう」などときちんと理由を説明してくれるのでわかりやすい。

「タクミ、エラを支えながらでも観客に少し顔を向けて」「エラ、そこはもう少し誘いに応じるような表情を」

指導の合い間に何度かタオルを取りに行って顔をぬぐうタクミ君。優雅に楽々と動いているように見えるが、本当はとてつもない身体の強靭さが必要とされるのだ。30分ほどの実演後の質疑応答では、観客のひとりから「男性は女性ダンサーを持ち上げることがとても多いのに、男性ダンサーは特に腕の筋肉がムキムキではないのはどうして」という質問があった。リカルド氏は「腕だけを使って持ち上げているわけではなくて、足腰を使っているんですよ。もっと言うと、首も背中も足腰もすべて使った全身運動なんです」と応答。これは重いものを持ち上げるときの基本ですね。

ロックダウンのあいだはバレエスクールの授業もオンラインになり、自国に戻っていた外国人学生も多かったそうだ。練習も思うようにできず、いつ公演の機会があるともわからずに不安だっただろう。今回の公開練習を皮切りに、いろいろな機会を自分のものにしてさらに羽ばたいていってほしい。

もちろんパフォーマンス中や質疑応答中は写真撮影は禁止。終了後に上階に上がってホールを見下ろしていたら、ちょうど3人が取材に応じてポーズを取っているところだったので上からパチリ。この後少ししたら3人が上階に移動してきた。思わず「Thank you!ありがとう」とお辞儀をしながら(お辞儀がやめられない)声をかけたら、タクミ君が「ありがとうございます」と日本語で返事をしてくれた♪

ランチタイム公演の行われたポール・ハムリン・ホール Paul Hamlyn Hall をモチーフにしたカードやアクセサリーがギフトショップに。

さて、バレエにうっとり、じんわりした後、少し歩いて日本系のケーキ&パン屋さん WA Cafe へ。少しお値段は張ったが(6ポンドくらい)、最近どうしても食べたかったモンブランケーキを食してみる。うん、下のパイ生地もさくっとしていておいしいのだが、どうも私にはマロンクリームの味が物足りない。隣のテーブルに座ったロンドン在住らしい日本人女性たちもそんなコメントをしているのが聞こえる。鶏唐揚げのパン、そしてソーセージパンはとてもおいしかった。

コベントガーデンでもクリスマスムードが高まっていた。

モンブランは食べられて満足したが、もっと濃厚なケーキが食べたいという思いがふくらむ。ダブリンに帰国早々、日本人でこちらでパティシエとして働いている友人に、ベークドチーズケーキを焼いてくれるようお願いする。数カ月前に一度食べさせてもらった味が忘れられなかったのだ。

お味噌が隠し味だという濃厚なチーズケーキ、「冷凍もできますよ」と言われたがそんな必要なく、夫と2人、数日でぺろりと平らげました。

クリスマス前は私の仕事の繁忙期。今回の旅行とチーズケーキで充電したのでまたがんばります!