英語化のコンプライアンス
今週はかなり冷え込んで最高気温も15度ほどなのだけれど、まだ暖かさの残っていた先週末、職場のビルの屋上ガーデンで社員パーティーがあった。
職種によっては去年の3月から基本的にずっと家で仕事をしている人もいるし、私のように職場に毎日出ている人もいるが、どちらにしても新型コロナ対策で不便を強いられてストレスのたまることが多いので、社員をここで慰労してやろうという会社の計らいである。
社員の約半数、20人ほどが参加。在宅ワークをしている人とは普段はなかなか顔を合わせる機会がないため、こんなに大勢の同僚と一堂に会するのは久しぶりだ。屋外なのでマスクも外して、おつまみのひと口サイズのフィッシュ&チップスやクスクスサラダをつつきながらおしゃべりに花が咲いた。
青空のもとのリフィー川。9月の下旬は気温も20度くらいまで上がる日が続いた。新学期で学校に戻った子どもたちがお天気を恨めしく思うよう、9月はだいたい天気がよいというのは皮肉屋のアイルランド人の弁。
海外渡航の規制も少しずつ緩やかになっているため、フランス人とカナダ人の同僚とは自然にいつ国に帰る(一時帰国する)つもりかという話題になる。二人とも私のように20年ほどアイルランドに住んでいるので国に帰るのは数年に一度だが、帰るたびに「自分の知っている国ではない」「自分が外国人になったような気がする」と感じる点で一致。
特に戸惑うのが母国語の変化だ。フランス人の同僚は、帰国して友だちと話しているとフランス語の中に英語の単語が多くなっているのに驚くと言う。「ウィークエンド weekend とか?」とカナダ人の同僚が聞く。フランス語に「週末」にあたる単語がないわけではないが、ほとんどの人が英語のウィークエンドという単語を使うというのはよく知られた話。「よい週末を」も「Bon week-end!(ボン・ウィークエンド)」になる。
「それはもうフランス語になっちゃってるけど、今では例えば英語の anyway を会話の中に使ったりしてるのよ」
Anyway エニウェイは、「ともかく」という意味で会話をまとめたり、「それはそうと」と話題を少し変えたりするときなどに使えるので英語での会話ではしょっちゅう出てくるが、フランス語の中に使う人がいるとは。英語化が日本語だけに進んでいるわけでないのね、とちょっと安心する。いや、よけいに危機感を感じるべきか。
ここで私が最近どうも気になっていた日本語について説明してみる。以前からカタカナになっていたが、「コンプライアンス」という言葉が新型コロナ関係の記事でますます目につくようになったことだ。初めて「コンプラ」という略語を見たときにはすぐには何のことか理解できなかった。
二人は「えー、それに当たる日本語はあるでしょう? 日本人はコンプライアンスがすごく得意な人たちじゃないの」とけっこう受ける。私は「あるんだけど、日本語で言うと固く感じられるからかなあ。でも英語の意味をみんなちゃんと理解しているのか不思議」と疑問をぶつけてもしょうがない人たちにぶつける。少なくとも私は日本に住んでいた20年前は compliance という英語は知りませんでした。
英語で comply(コンプライ) という動詞は「応じる、従う」という意味で、compliance はその名詞化。だから「(命令や要求、規則に)応じること、従うこと」という意味になる。英語でも新型コロナの影響で、コンプライアンス compliance という言葉を使う機会は格段に増えた。従わなければならない政府からの指針や法律が増え、その変化にも対応しなければならないからだ。
日本語で「コンプライアンス」は「(企業の)法令順守」という意味で使われていたようだが、だんだんもっと幅広い意味をもつようになって、今では「法律として明文化されてはいないが、社会的ルールや社会的要請に従って企業活動を行うこと」というニュアンスらしい。抽象的な概念を表す英語は、日本語になると独自の意味をもつことがよくあるが、「コンプライアンス」もそうなるかもしれない。
ともかく(anyway)、新型コロナ対策の規制を守りながら(while complying with COVID-19 protocols)、無事に大人数で楽しんだパーティー。でも決してコロナ以前の生活に戻ったわけではなく、ウィルスとうまく共存していく社会生活の幕開けだったように思う。
数日たっても調子を悪くしたという人が出たとは聞いていない。よかったよかった。