ワルシャワで今月2日から開催されていた第18回ショパン国際ピアノコンクール。主催者側が YouTube 配信をしてくれるので、家でも通勤中でも昼休み時間でも時間が空けばピアノの音に耳を傾け、ショパン漬けの充実した数週間を送ることができた。

フレデリック・ショパン Frédéric Chopin は1859年の10月に39歳で亡くなっている。なので私はすでに彼よりも10歳も長く生きていることになる。今ちょうど彼の遺作のノクターンを弾いているので、もっと長生きしていたらどんな曲を作っただろうと思わずにはいられない。

このノクターン第20番は以前からよくいろいろな人の演奏を聴いていたが、特にスタニスラフ・ブーニンの演奏が心にすっと入ってくる。最初の音を聴くだけでいつも目頭が熱くなる。ブーニンさんは1985年にこのショパン国際ピアノコンクールで優勝して日本に大旋風を巻き起こしたが、当時中学生だった私はそのときの「ブーニンフィーバー」はあまり記憶にない。数年経ってから、彼が当時教えていた日本の大学でコンサートをするというので友人と行ったが、演奏曲目は覚えていない。何が聴けるかよりも「ブーニンが見られる」ということに興奮していたのだと思う。

そのブーニンさんは最近のインタビューで、前回の2015年のショパンコンクールでは優勝するピアニストの演奏はすぐにわかったと言っている。今回はどうだっただろう。

今回は、私が心を動かされた演奏をした出場者は二次、三次とコンクールが進むごとにどんどん落とされていった。次のラウンドでどんな演奏を披露してくれるかと楽しみにしていただけに、かなり拍子抜けをした。そして、そういうことをざっくばらんに話し合える人が周りにいないのを残念に感じた。

週に一度通っているピアノのレッスンは9月から対面式に戻った。若いときはいろいろなコンクールにも参加したという先生にショパンコンクールのことを聞いたが、ほとんど関心はないと言う。「音大生のときだったら睡眠時間を削っても他人の演奏を聴いて勉強してたけど、今はそんな暇があったら寝る!」と言われてしまった。ごもっとも。

数年前にダブリンでお世話になっている方から譲っていただいた私のピアノ。子どものころに家にあったのと同じヤマハのアップライトだ。ショパンコンクールではカワイピアノを弾く奏者も何人かいて、グランドピアノの SHIGERU KAWAI というロゴを見るたびに同姓同名の友人のことを思い出した。

ショパンのノクターンと並んで練習をしているバッハの平均律クラヴィーア。バッハ弾きとして高名なピアニスト、アンドラーシュ・シフ András Schiff による指使い(運指)付きの楽譜を使っているのだが、彼の示すようは指をうまく動かせず、かといって別の指使いでも不自然になってしまう箇所がいくつかある。

「彼が本当にこういう指使いで弾いているか確認してみよう」と先生が言い出して、YouTube の演奏動画をいっしょに観てみたが、ビデオは肝心なところで彼の手と鍵盤をとらえていない。その代わりに、何だか楽しそうに、鼻歌でも口ずさんばかりにピアノを弾く彼の表情が画面に広がる。

「幸せそうだなあ」と私が吐くと、「これよ、こういうふうに楽しんで弾かなきゃ」と先生が言って私の楽譜に書いてくれたのは、こんな文句だった。

Relax - a walk in the park with András リラックス。アンドラーシュといっしょに公園を歩いているように

A walk in the park は、たやすい、簡単という意味のイディオムだ。肩の力(腕の力)を抜いて、あたかも簡単なことをしているように弾こう、ということなのだろうが、それが難しいのだ。

先週末、ダブリンの街中にあるアイヴィー庭園 Iveagh Gardens を久しぶりに訪れた。建築デザインのおもしろい建造物やスポットを一般公開する年に一度のイベント、オープンハウス Open House の一環で、庭師によるツアーがあったからだ。周囲はぐるりと壁で囲まれて「秘密の公園」めいた雰囲気がある。この時期はツタ ivy の紅葉がきれいだ。

公園内にある滝の水が流れ落ちる岩々は、北アイルランドの6県も含めたアイルランドの32すべての県から運ばれてきたそうだ。

案内してくれた庭師さんによるとこの公園は、英国式、イタリア式、そしてフランス式の三様が混在しているめずらしいデザインなのだそうだ。

こういうところをのんびりと歩いているイメージでピアノが弾けたらいいのかな。