おすすめ!映画『CODA(コーダ)あいのうた』
6月に映画館の営業が再開して以来、週に一回ペースで映画を観ている。『CODA(コーダ)あいのうた』という映画の予告編が気になったので、公開初日に観に行った。タイトルの意味はわからなかったが、何かの略語か、音楽がたくさん出てくる映画なので、曲名か歌い手の名前かと思った。
最近、知らなければ恥をかくアルファベットの略語の言葉が増えた気がする。個人データの保護を強化するための欧州連合(EU)内の規則、GDPR(ジーディーピーアール General Data Protection Regulation)を理解していなければマーケティングはできないし、外部から人体へのダメージを防ぐための防具を意味する PPE(ピーピーイー Personal Protective Equipment)は、マスクやゴム手袋も含む。
CODA が Children of Deaf Adults(ろう者を親にもつ聴者)だということを、映画の後に特別に放映された監督と主演俳優たちのインタビューで初めて知った。夫を含め、何人かのアイルランド人も初めて聞いた言葉だと言っていた。
マーリー・マトリン Marlee Matlin が主人公の母親役。『愛は静けさの中に』(Children of a Lesser God: 1986)でアカデミー賞の主演女優賞を取った、聴覚障害をもつ俳優だ。父親役の俳優も、主人公の兄を演じる俳優も皆、実際にろう者である。
主人公は17歳のルビー。一家の中で彼女だけが健聴者で、幼いときから家族と外界との通訳をしてきた。歌うことが大好きだが、高校を卒業したら、漁業を営む家族を本格的に手伝うのが自分の役目だと思っている。ある日、ルビーが密かに思いを寄せている男子生徒が高校の合唱団に入団したため、ルビーもつられて参加。ちょっと飛んでる音楽教師がルビーの特別な才能を認め、名門音楽大学の奨学生試験のための特別レッスンを施すようになった。しかし家族にはルビーの歌への情熱が理解できない…。
ティーンの恋、夢と自立を描いたありがちなストーリーと思いきや、それだけではない。映画で取り上げられる曲はマーヴィン・ゲイ、ジャニス・ジョプリンと多彩で、ルビーがどう歌うかを聴くだけでもわくわくする。しかし何と言ってもこの映画の魅力は、生き生きと描かれるルビーの家族だ。
初盤のあるシーン。食事中に音楽は聴くなと言われているルビーだが、両親は兄といっしょにスマホでデートアプリのティンダー Tinder を見て、兄のデート候補探しに興じている。
「If music is rude, why is Tinder allowed at the dinner table? どうして音楽はだめなのに、ティンダーは食卓に持ち込んでもいいのよ」とルビーが手話で抗議すると、 母親は「Because Tinder is something we can do as family. だってこれは家族みんなでできることだから」とあっけらかんとした返事。
実はこのシーンを予告編で観て、これは面白そうな映画だぞと思ったのだ。こんなふうに家族はいつも手話でけなし合い、冗談ばかり言っている。お茶目だが強面(こわもて)の父親が、手話のわからないルビーの同級生に独創的な身振り手振りでコンドームの使用について説明をするシーンなど、抱腹絶倒だ。また、仕事が苦境に乗り上げて大変だが妹の助けを当てにしたくないと葛藤する兄の姿もいい。
監督はインタビューで、ただ通訳する人、「中間者」として扱われがちな CODA、つまり、ろう者を親にもつ聴者である子どもたちに焦点を当てたかったと説明する。自らも4人の CODA の子どもをもつマーリー・マトリンは、その子によって手話への興味やうまさが違うと話す。「でもティーンエージャーだから、その日の気分で違うっていうのもあるんだけどね」。CODA コミュニティーへの興味やかかわり方も人それぞれだ。
ルビー役のエミリア・ジョーンズはこの映画出演のために、手話(サイニング signing)、歌、そして漁船で魚を扱うという3つの新しいことに挑戦。ろう者の俳優たちと共演して感じたのが、アイコンタクトの違いだったと言う。日頃、相手の目も見ないでサンドイッチを注文したり「サンキュー!」と言ったりしていたが、ろう者の共演者たちは、いつも相手の目を見ながらコミュニケーションを図り、感謝の気持ちを大きく表現していた。それが印象的で、撮影が終わってからもアイコンタクトを取ることを意識しているそうだ。
この映画は今年1月にオンラインで開催されたサンダンス映画祭に出品され、オープニング作品として上映されるや否や話題になった。世界配給権の争奪戦が繰り広げられ、アメリカのアップル・スタジオが史上最高の2500万ドルで獲得した。
動画配信サービス Apple TV+、そして映画館でも8月13日に一般公開が始まったが、日本での配信予定はまだ未定だ。ぜひ日本でも公開されて、多くの人に観てほしい。(追記:日本では『CODA あいのうた』という邦題で2022年1月公開。)
チェスター・ビーティー Chester Beatty 博物館で5月末から開催されている江戸木版画の特別展示『Edo in Colour』で、こんな面白い作品を発見。歌川国貞の「美人東海道」シリーズの一つで、背景に東海道五十三次の宿場の風景、手前には美しい女性がその地に関連した風俗で描かれる。
女性の手元にある風呂敷包みから出ているこの顔は、一体何?
この特別展示は、8月31日に展示物入れ替えのためにいったん閉まる。9月4日に再オープンし、12月5日まで開催。