今回の旅行の目玉は何と言ってもスケリッグ諸島の島の一つ、スケリッグ・マイケル Skellig Michael。父が10年前に訪れたときにはまだ知る人ぞ知る絶景スポットだったが、2015年以降の『スター・ウォーズ』3作品のロケ地の一つになり、一躍世界に名が知られるようになった。

スター・ウォーズファンならスケリッグ・マイケルに立つこの奇形の岩に見覚えが?

スケリッグ・マイケルはケリーのイヴェラ半島 Iveragh Peninsula 沖合16キロに位置する孤島の岩山。アイルランド語ではシュケリッグ・ヴィヒル Sceilig Mhichíl で、義母などはアイルランド語で呼ぶ。

6世紀に初期キリスト教の僧侶たちがボートを8時間ほど手で漕いでこの島に上陸した。「ここなら祈りの場として最適だ」とでも思ったのか、原始的な道具で石を積み上げて修道院と住処を建てて住みついた。12世紀まで島には一握りの僧侶しか住んでいなかったそうだ。修道院はほぼ原型のまま今もここに残っている。

スケリッグ・マイケルは1996年に世界遺産に登録され、アイルランドの史跡管理を担う政府機関 OPW(公共事業局 Office of Public Work)によって遺跡は管理、修復されている。例年5月から9月に観光客の入島が可能になるが、今年は7月に島開きになると6月半ばに発表があった。私たちはその前の5月末にオンラインで7月下旬の「上陸ツアー」を予約。島の周りをボートで巡るツアーはたくさん出ているが、一日の上陸者数は180人と限られているので上陸ツアーは早めの予約が必至なのだ。

ケリーのポートマギー Portmagee という港町からスケリッグ・マイケル行きのツアーボートが出航する。

ボートの定員は12名と乗組員2人。許可されている十数隻のボートでのみ島への上陸が可能。島にはトイレはないが、いざとなったらボートのトイレで用が足せる。

ボートツアーが催行するか否かは天候次第。私たちの乗ったボートのベテランの船頭デレックは、「僕にとって連日出航の最長記録は22日だから、今年は今日でタイ記録。あと数日天気はよさそうだから、記録が伸ばせる」と鼻息を荒くしていた。

私たちを入れて4組のカップルと一人旅らしい4人が順々に桟橋からボートに乗り込む。最後に遅れてやってきた男性が、詫びのつもりか「Chips on me! ポテトフライ僕のおごりだから」と手を挙げて冗談を言ってみなを笑わせた。遠い親戚がアイルランドに住んでいるというイギリス人男性と私以外、すべてアイルランド人だった。ここにエルキュール・ポアロがいたらあっという間にみなの特徴をつかんで、いずれ起こる事件の解決に備えるのだろうなと考えてしまう。まあポアロは豪華客船しか乗らないだろうが。

10時半ごろ出航し、視界からだんだん遠ざかる本島や真っ青な空や海を各自写真に収めたりおしゃべりしたりする。ゴールウェーから来たカップルは先週結婚し、ハネムーン真っ最中。乗組員の親戚と知り合いだという女性は、「船酔いしたらどうしよう」と酔い止めを飲んでいたがまったく大丈夫で、逆にキルケニー出身のおしゃべりなトラック運転手の男性が船上で急に気分を悪くして真っ青になっていた。ボートにいくつも置いてあるペンキの容器はこのためなのね、と納得。

海上にいること約40分。風と水しぶきに閉口して「早く着かないかなー」と思い始めていると、「イルカだ!」と誰かが叫んだ。え、イルカイルカ、と私も写真を撮ろうとする。母と子のイルカのペアがボートの周りを泳いでいる。少なくとも2組はいて、数分間イルカと抜きつ抜かれつの道中を楽しんだ。しかし動きが早くて写真には何も映らず…。

ボートはそれから小スケリッグ島 Little Skellig の周りを行く。スケリッグ・マイケルと小スケリッグ島とで「スケリッグ諸島」なのである。この時期、島にはシロカツオドリ northern gannet が数千羽も繁殖のために巣を作っている。カツオドリは diving bird で、空から矢のように高速で海に飛び込んで魚を捕らえる瞬間を何度も目撃できた。

シロカツオドリに埋め尽くされた小スケリッグ島。この白いのは全部鳥です。

アザラシもいました(写真左下)! ボートが近づきすぎると危険を察して逃げるので、遠目から観察。

小スケリッグ島を離れてしばらくしてお目当てのスケリッグ・マイケルに接近する。上陸ポイントは島に3つあり、その日の風向きなどによってどこに上陸するかを決めるのだそうだ。ツアーでは「島まで片道50分」とうたっているが複数のボートが一度には入港できないから、島の周りをゆっくりと回遊して時間を稼ぎ、時間差で各ボートが上陸するようにしている。私たちが上陸できたのは12時だったから、1時間半海上にいたことになる。

上陸して5分くらい歩いて登頂口に向かう。我々を迎えてくれたのは、赤いくちばしと大きな顔がかわいいツノメドリ puffin。鳩ぐらいの大きさ。スケリッグ・マイケルにはやはり繁殖のためにやってきて、毎年8月初めに一斉に去ってしまうのだそうだ。

標高218メートルの山頂付近にある修道院にたどり着くまで、約600段の石段を上がらなければならない。登頂口で OPW のガイドから登山についての注意事項が説明され、「特に帰りは危険だから座ってお尻から降りて」と言われる。

登頂口には手の消毒剤も設置されている。

こんな石段を600段。手すりのあるところはほとんどなく、風に身体が吹き飛ばされそうになる。高所恐怖症の人はや心臓の弱い人は無理です。

頂上に着くと別のガイドが2人いる。ある程度人が集まったら、島の歴史について20分ほど話してくれた。

1826年には灯台が作られ、灯台守とその家族が住むようになったそうだ。しかし、島が孤立しているゆえに医療支援が簡単に受けられず、ある家族は小さい子どもたちを相次いで病気で死なせてしまった。以来、家族で住むのは不適とされ、1980年代に灯台が自動化されるまで、灯台守だけが島に住んでいた。一人で何十年も孤島で暮らすなんて、修道僧よりも孤独な生活ではないか。

6世紀から12世紀にかけて、修道院長と僧侶たちが祈りをささげていたところ。

頂上で1時間ほど過ごし、強い風に吹かれながら、僧侶や灯台守の暮らしに思いを馳せる。天気がよく海も穏やかな日でもずっと立っているのが辛いほどなのだから、冬や嵐の日はどれだけ凄まじい自然の猛威にさらされるのだろうか。

ボートでいっしょだった男性の一人(一番遅れてやって来たリッチー)は、キャノンのカメラで写真を撮りまくっていた。家族で来たかったが、一人分しかチケットが取れなかったので今回は自分だけで来たそうだ。やはりスターウォーズのファンだという息子さんたちに向けて島でビデオレターも撮影していた。

数人いるガイドは島に寝泊まりをしているそうだ。2週間泊まりこみ、1週間は休みというサイクル。島の宿泊施設には電気もガスもなく、トイレは外にあるだけ。ネット環境はもちろん悪く、何とか電波が届く場所が数か所あるだけのようだ。「でもこんなお天気の日は景色を眺めているだけで最高よ。」

現在 OPW は灯台への道筋を修理しており、2年後には灯台も公開できるようにする計画だそうだ。

下山は登山以上に危なっかしく、ガイドの「お尻から降りる」という言葉のとおり、時々座り込んで両手を地面につき、片足ずつ下ろしてそろそろと動かなければならなかった。絶景に見とれるゆとりはなし。

またボートに腰を落ち着け、離れ去るスケリッグ・マイケルを見やる。アイルランドの本島からいつも見えている島だが、現代でも行き来は楽ではなく、まるで島だけが異次元空間にあるような錯覚を受ける。

帰りは50分ほどで港に帰り着き、乗組員に現金で代金を支払う。オンライン予約のときに一人50ユーロ頭金を払ってあるので、残りの50ユーロずつを払えばよい。しめて一人100ユーロで特別な経験ができた。

桟橋の近くにはいくつものカフェやレストランがあり、その中の一つで遅い昼食を取ったあと、次の目的地、スケリッグスチョコレート Skelligs Chocolate 工場へ向かうため車に戻った。

Skellig Rock という桟橋の目の前にあるカフェで私は素朴なツナサンド、夫はエビ scampi フライとフライドポテトを食べた。揚げたてのエビはあつあつで、海風に吹かれながら食べるのにぴったり。

スケリッグスチョコレート工場までほんの20分ほどだが、ドライブ中の景色もまた素晴らしい。小さなビーチもあり、家族連れが砂浜で遊んだり水と戯れたりしている。

工場はお店とカフェを併設しており、訪れる人はまずチョコレートの試食に直行。スタッフのシネードは「私の一番好きなフレーバーはダークチョコとバニラガナッシュ(ガナッシュはチョコレートと生クリームで作るクリーム)」と教えてくれた。いくつも違うフレーバーを試したが、私もシネードに同感!

家族経営のスケリッグスチョコレートは、台所で手作りしていた時代を経て1996年に小さな工場を持つに至った。2012年に今の工場を建設したが、より大勢の観光客の受け入れができるように数年前に建て増しをした。リング・オブ・ケリー The Ring of Kerry という風光明媚なケリー周遊路からすぐの位置にあり、今やスケリッグ諸島と並んで夏の観光スポットになっている。「毎日作っているけど飽きない」というスタッフの愛情を一心に受けたチョコレート、とにかくどれもおいしいのでお勧めです。

工場で働くスタッフの様子がわかる。冬期はスタッフの数は17人、観光シーズンはその倍以上になるそうだ。

夫は試食したアイリッシュウィスキーの入ったダークチョコが気に入って、お店で購入した。

B&Bに戻ってテラスで食べたのは、工場併設のカフェで買ったダークチョコと焦がしキャラメルクリームの入ったタルトケーキ。宿までの移動中に形が崩れてしまいました。濃厚過ぎず、美味。