ケリー旅行記① ケリー王国は熱帯夜に
アイルランド南西部、雄大な自然が広がるケリー県を旅行してきた。出発の数日前からアイルランドは熱波の影響で気温が上がり、週間天気予報では旅行中の最高気温は25度から28度ほど。ケリーに行くのは3回目なのだが、天気に恵まれるのは今回が初めてだ。
天気予報で最高気温が28度と出ているケリー(写真左下)。ケリー県はアイルランドの32の県の中で5番目に大きく、人口は15番目に多い。
(画像は2021年7月20日の RTÉ newsより)
エアコンの効いた車内(レンタカーはフォルクスワーゲンの Polo)で2時間ほどドライブし、まずはティペラリー Tipperary 県にある夫の実家へ。ダブリンからケリーまでの道のりの半分くらいの距離なので、ちょうどいい休憩になる。
夫の家族とは約1年ぶりの再会である。挨拶を交わした後、義母が唐突に「コーンはいる?」と聞いてきた。私はトウモロコシ corn のことかと思って「えーっと」とためらうと、「アイスクリームコーン cone よ、この暑さだから」と義母。夫は既に察して眼を輝かせている。すると義兄が30メートルほど離れた隣のガソリンスタンドの店に赴(おもむ)き、私たちのために2本のコーン入りのアイスクリームを両手に持ってしずしずと帰ってきた。「まだお金払ってない」とまた出ていき、今度は自分のアイスクリームを買ってくる。
ご馳走になったのはアイルランドでダントツ人気のソフトクリームで、キャドバリー Cadbury 社のフレーク99というチョコレートを一本立てた、ナインティーナインフレークアイスクリーム、略してナインティーナインだ。先にチョコレートだけ食べてしまう人、アイスクリームとチョコレートを均等に食べようとする人など、人それぞれの食べ方がある。お天気が続いてアイスクリームの需要が高まると、このチョコレートが不足するのではないかとみんな心配するほどだ。
ソフトクリームは和製英語で、英語では soft serve ice cream だが、ただアイスクリームと言うことの方が断然多い。コーン入りのソフトクリーンのことを「コーン cone」とだけ言っても通じることは初めて知った。日本語でアイスクリームを略すと「アイス」だが、英語でアイス ice とだけ言うと氷のこと。
99アイスクリーム。乳製品がおいしいアイルランドでは、ソフトクリームはほっぺたが落ちるほどのおいしさ。Image by Steve Buissinne from Pixabay
ソフトクリームを売っている店を探すときは、この巨大なアイスクリームのレプリカを目印に。
夫の実家を後にしてケリーへ向かう。地元のラジオ局ケリーラジオに耳を傾けていると、「The Kingdom ザ・キングダム(王国)」という言葉が何度も耳に入ってくる。「次は王国の今夜の天気についてです」…いったいどこの天気? また、休暇で国内旅行中というリスナーに、DJが「もちろん王国が一番だけど、ここ以外にもいいところは確かにあるからね」といった具合。私たちは王国に入ったのだ。
何でも、1世紀に Ciar キアーという族長がこの一帯を治めて以来、ケリーはアイルランド語(ゲール語)では Ciar Raigh(Ciarraigh)キアーリーと言われるようになった。これは「キアー王国 Cair’s kingdom」あるいは「キアーの人々 Cair’s people」という意味で、後に英語化された際にケリー Kerry になったそうだ。 「There are only two kingdoms, the Kingdom of God and the Kingdom of Kerry. 王国は2つしかない。神の王国とケリー王国だ」とはこの地でよく聞かれるフレーズ。
ラジオ局のロゴは王冠。王国ですからねえ。
ケリーで一番の観光地ディングル Dingle で見た車にもラジオケリー局の「Up the Kingdom!(行け!ケリー王国)」というステッカーが。
最初の宿のあるキローグリン Killorglin という町に到着した。ここはパックフェア Puck Fair という毎年8月に行われる祭りで有名なところだ。パックとはアイルランド語で雄ヤギのこと。近隣の山で野生の雄ヤギを捕まえ、地元の少女が王妃 Queen of Puck としてヤギに戴冠する。ヤギが王として君臨している3日間、馬や牛の見本市や市場が立ったり、音楽イベントが行われたりして、町はたいへん賑わうようだ。夫も20年前にこの祭りに来たことがあり、伝統的なアイルランド音楽の演奏を楽しんだそうだ。
キローグリンの町を流れる川にかかる橋のたもとには「ヤギ王」の銅像が立っている。
パックフェアの人出を写した写真。王様のヤギが高い舞台に特設された檻に3日間閉じ込められる(写真右上)。主催側の町はヤギの扱いには最上の注意を払っていると言っている。アイルランド最古の祭りで400年以上続いているが、去年と今年はキャンセルになった。
この地を拠点にあちこちに出かけ、ケリーの大自然やおいしい食事を楽しんだ。ドライブ中にまたラジオを聴いていると、リスナー向けにこんなクイズを出題していた。
What happened in Ireland for the first time in 20 years last Wednesday? この水曜(7月21日)にアイルランドで20年ぶりに起きたことは何?
- Tropical night, which means that the temperature does not fall under 20°C(degree Celsius)during the night time(熱帯夜、つまり夜でも気温が20度より下がらないこと)
- Indoor dining(屋内での飲食)
- More than half of people went out without a coat(半数以上の人がコートを持たずに外出した)
答えは1番のトロピカルナイト、「熱帯夜」で、しかもケリーで起きたこと。この日は日中はロスコモン県で今年最高の30.1度を記録し、夜はケリー県の一部で20.5度より下がらなかったのだ。日本の気象庁のホームページを見ると、熱帯夜とは「夕方から翌日の朝までの最低気温が25℃以上になる夜」のことだが、こちらでは25度ではなく20度以上なのにはびっくり。
2番の「(レストランなどでの)屋内での飲食」は、今週から(7月26日)再開できることになった。3番については、この暑さでほとんどの人が半袖や袖なしで出かけたはずだが「アイルランドで20年ぶり」ではないだろう。電話に出たリスナーは「1番」と答えて50ユーロの夕食券を当てていた。
3泊お世話になったケリー県キログローリンにあるB&B、グローブロッジ Grove Lodge。
オスカーという犬が出迎えてくれる。
庭には花が咲き乱れ、敷地の一部である川べりでゆったり川の流れが眺められる。
私たちの泊まった部屋にはクリムトの絵画の複製が。レストランに行かなかった夜は部屋の外のパティオで軽食を取った。日中は暑いが、幸いなことに宿の部屋はエアコンなしでも涼しく(アイルランドではエアコンのあるホテルは少ない)、夜は快適に眠ることができた。バスタブもあって旅の疲れが取れ、一泊100ユーロ(2人で)という宿泊費はお得に感じた。朝食は別で一人につき12ユーロ。
キローグリンには東京まで9,806キロという表示も(写真右下)!この町出身のモニカとエイリーンはボート競技で東京オリンピックで準決勝戦まで進んだ。インタビューで「私たちを応援する垂れ幕やショーウィンドーがたくさんある」と地元のサポートについて話していた。
「Pull like a Goat! ヤギのように引け(漕げ)」とは、前回のリオ五輪のボート競技で活躍したアイルランドのオドノヴァン兄弟が、ボート漕ぎについて「目をつぶって犬のように引くんだ。Close the eyes and pull like a dog」と説明したことにちなんだもの。オドノヴァン兄弟の一人、ポール Paul O’Donovan はフィンタン・マッカーシー Fiintan McCarthy 選手と組んで東京五輪にも参加。軽量級ダブルスカルでアイルランド初の金メダルを獲得した(7月29日)。