衣替えをしない人たち
関東地方は梅雨で湿気が多いそうだが、6月半ばの先週、今週と、ダブリンは天気がいい日が続いた。まだ屋内では飲食ができないので、テラス席を増やした街中のカフェやレストランにはお天気続きはありがたいことだ。
飲食業界がこれ以上打撃を被らないよう、ダブリン市議会は、レストランの多い通りを歩行者天国にしたり、車の交通規制をしたりしている。
新たに簡易トイレ(写真左)が設置された通り。
映画館も再オープンしたので、さっそくアンソニー・ホプキンス主演の『ファーザー』を観に行った。今年のアカデミー賞で主演男優賞を取ったことは、ホプキンスが授賞式を欠席して盛り上がりに欠けたせいか忘れてしまっていたが、さすがの演技。昔から年を取っている印象のあった彼は現在83歳。彼の名演技をこれから何本の新作で観られるだろうか。
6月7日に再オープンしたアイルランド映画会館 Irish Film Institute(通称 IFI)は、普段なら観光客でにぎわうダブリンの中心地、テンプルバーにある。昨年3月からの今年5月までの15カ月のあいだ、開館できたのは6週間だけだった。
マスク着用、手を消毒してから館内へ。
平日の昼間だったのでお客さんはまばら。週末はチケットが売り切れたそうだが、お客同士が距離をあけて座るようになっているので、収容数は激減した。
映画の内容もよかったが、コロナ以前によく通っていた馴染みの映画館にまた行けるようになったこと自体が嬉しかった。暖かい日だったので、ショーツなどの軽装のお客さんが目立った。
私がアイルランドに移り住んだのは2002年の3月1日。冬物の厚いコートはもう必要ないだろうと思って薄手のコートしか持ってこなかったら、それが大変な間違いであることにすぐ気づいた。3月は日中の最高気温は10度前後しかないし、風も冷たい。日本の家族にお願いして家に置いてきたダウンコートを送ってもらう羽目になった。
「5月が過ぎるまでは冬服は脱ぐな。Cast n’er a clout till May is out.」という表現があるそうだ(Ne’er cast a clout till May be out とも)。イギリスの古いことわざだが、アイルランド人でも知っている人は多い。Cast は捨て去る、脱ぎ捨てる、という意味の動詞。N’er は never を縮めた単語、clout は cloth(服)。 暖かくなったと思っても突然寒くなることもあるので、冬服は5月が終わるまで処分するな、ということらしい。
アイルランドでは冬物コートの出番がとんでもなく長いことはこの20年で身に染みてわかった。先月、ロックダウンが段階的に緩和され始めて外出することも増えたころ、さすがに冬物コートだと暑苦しく感じるようになり、ユニクロの超軽量ダウンジャケットがちょうどよくなった。6月に入ると20度以上に上がる暖かい日もあれば、また寒くなる日もあるので、ジャケットを羽織ったり、軽量ダウンに戻ったりと、その日その日で対応しなければならない。
日本では、夏はリネンやコットンなどの吸水性と通気性のいい生地、冬は防寒性の高いウールや革物、といったように、季節によって着る生地の傾向が変わってくる。季節の変化が日本より少ないアイルランドでは、夏が近いから衣替えをするというよりも、「今日は長袖だと暑かったから半袖を出そう」「今週末は気温が上がるようだからサンダルを出さなきゃ」というように、必要に迫られたときにあちこちから引っ張り出してくるようだ。朝夕の気温が10度前後に下がる日にでもなれば、7月や8月でも厚手のコートにブーツという冬のかっこうに戻る人もいる。私はそういう人を見ると「この季節にウールや厚ぼったいダウンなんて」と思ってしまうが。
日本での中高生時代、6月から9月までは夏用の制服、10月から5月までは冬用の制服を着た。その衣替えの感覚が染みついてしまっているらしい。
こちらでは、夏用、冬用の制服の違いがなく、通年白いシャツの上にセーター、そしてジャケットだ。寒い日は帽子やマフラーが加わり、制服のジャケットの上にコートをはおる。女の子はソックスの代わりに厚手のタイツをはく。
街で見かける中高生の制服はどれもこんな感じ。だいたい紺色、緑色かえんじ色で、スカートは無地かチェック柄。ソックスは白か黒だ。季節感にもバラエティにも乏しい。
かくいう私も、数年前に日本に一時帰国したとき、「この季節に黒いストッキングなんてはいてる人いないよ」と妹に言われた。かなりアイルランド人化しているのかもしれない。