一回目のワクチン接種をしてきた
先週、スタッフルームで昼食を取っているとき、夫から携帯電話にメッセージが入っていることに気がついた。
「かかりつけ医から今電話があって、明日のワクチン接種の予約を取った!」
私は「何それ?」とびっくりし、すぐに「What? Why?」とメッセージを打ったが、これではあまりにもネガティブな反応だと思い、あいだに「よかったね」を挟んで「What? Great! But why? 何?よかったね!でもどうして?」と返事をした。家に帰ってよく問いたださなければ。
アイルランドでは、医療機関従事者、70歳以上の人、基礎疾患をもつ人たちを中心に、昨年12月から新型コロナウイルスのワクチン接種が進んできた。今年の4月半ばから65歳以上の健常者が接種できるようになり、それから年齢がだんだんと下がっていき、5月半ばには45歳から49歳の健常者が接種の申し込みができるようになった。
私の番である。
HSE(Health Service Executive 国営医療サービス)のウェブサイトから、あるいは電話で申し込むのだが、49歳は5月19日から登録可能、48歳であれば翌日の20日から、47歳は21日から、と一日ごとに登録可能日が設定されている。私はもちろん登録可能な最初の日にウェブサイトから申し込んだ。約一週間で HSE から携帯電話にメッセージが来るはずで、いつどこで接種できるのか、ワクチンのタイプは何かがわかることになる。
私の職場には約40人スタッフがいるのだが、ここ最近は同世代かそれ以上の同僚と会うごとにワクチン登録、接種の話で盛り上がっている。「今日さっそく申し込んじゃった」と得意げにアナウンスする私に、「俺は明日から登録できるんだ」「私はもう先週済ませた」と、みな年齢がバレバレ。
登録から一週間近く経ち、HSE からの連絡を今日か明日かと待っているところに、夫が突然ワクチンを受けることになったのである。夫は私より7歳年下なので、登録はまだできない。若くても気管や気管支に問題のある人やぜんそく持ちの人などは、かかりつけ医を通してワクチンが受けられるのだが、夫は特に問題はない。夫はなぜ自分に連絡があったのかわからなかったが、願ってもないオファーに、二つ返事で承諾したそうだ。私は「何で申し込みもしていないのに私より先にできるの」と恨めしく思ってしまった。
夫は翌日ワクチン接種を終了。もう怖いものはない、とばかりにニコニコ顔だ。担当医は、「HSE にまだ登録をしていないであろう人たちに、こちらから連絡をしてワクチンをしたいか聞いているんだ」と説明をしてくれたそうだ。何と親切な医院なのだろう。私のかかりつけ医のいるクリニックは夫とは別のところなのだが、そこでも同様のことをしているのだろうか。普通は申し込んできた人をさばくだけで手一杯なのでは。
(後日、余ったワクチンを登録者以外の人に提供している医療機関が多いと知った。)
さて、私にもついにワクチン接種の連絡が来た。「5月31日の午前8時30分、場所は AVIVA スタジアム」で、夫と同じファイザー社のワクチン。その時間だと仕事にもあまり支障がないので安心する。もちろんどの雇用主もワクチン接種をする社員の便宜を図らなければならないのだが。
そして昨日、記念すべき第一回目のワクチン接種に行ってきた。アヴィヴァスタジアムはラグビーとサッカー専用のスタジアムだが、今は私のようにダブリンの南側に住む人たちの集団接種の会場となっている。2019年、日本でのラグビーワールドカップの数カ月前、私はアイルランドとイタリアの試合のチケットをもらい、初めてのラグビー観戦のために一度このスタジアムを訪れている。
AVIVA Stadium は5万人の集客数。2010年に今の建物が完成したのでまだぴかぴかの外観。
2019年8月のラグビー友好親善試合、アイルランド対イタリア戦。アイルランドの圧勝が目に見えているので、観客は試合そっちのけでビールを片手におしゃべりしていた。
前回はメインロードからスタジアムまでの徒歩約15分の道はラグビーのサポーターであふれていたが、今回のワクチン接種での訪問の際には、朝早いということもあってか人の通りもまばら。それでも会場の外には10人ほどの行列ができていた。やはり私と同年代に見える人が多い。スタッフが「中に入る前に、名前と携帯電話番号を確認します」と案内している。
会場の中で正式な受付。8時半が受付開始らしく、時間どおりに一斉に受付デスクがオープンし、何の混雑もなく列が動いていく。私は窓口で名前、携帯電話、何回目のワクチン接種か聞かれ、新型コロナに感染したことはあるか、何か疾患があるか、などと質問される。生年月日を確認されたとき、「とてもそんな年齢には見えないわね」と、受付の女性が言ってくれたので思わず顔がほころぶ。お互いマスクで顔がほとんど見えないのだが、大きな眼が輝き笑顔がすてきであろう黒人女性だった。
ワクチン接種会場 Vaccination Centre。国の公的な案内は必ずアイルランド語(ゲール語)と英語を併記しなければない。
受付を済ませ、エスカレーターで上階に上がり、緑のスポーツコートがガラス越しに眼下に広がる廊下を抜ける。何十ものブースがあるワクチン接種会場に到着。個受付からものの5分とたたないうちにワクチン接種のために26番ブースに呼ばれた。女医と女性の看護師のペアで、看護師の方が私にアレルギー反応などについて聞いてくる。質問がひととおり終わると、それまで書類に目を落としていた医者が「あなた日本人?」と話しかけてきた。
「そうなんです。名前でわかりますか」
「ええ、姪っ子が日本人とのハーフなのよ」
姉妹の一人が日本人男性と結婚しているそうである。その男性は外交官なので、これまで一家で世界中あちこちに住んでいるそうだ。もっと話を聞きたいがそんな場ではない。
看護師さんが私の腕をまくり、いざ注射。夫は「ちくりとしただけですぐ終わった」と言っていたが、けっこう時間がかかっている。そのうちに看護師さんは私の腕に注射器を刺したまま「脱脂綿はどこ?」とブース内を見回し始めた。女医さんが「まだ開けてなかったわね」と大きな袋を取り出して脱脂綿を渡し、やっと止血ができるようになった。脱脂綿が手元になかったから、注射器をなかなか抜けなかったのだろうか…。
とりあえず無事に終わり、ブースを後にしてさらに歩いていくと、50席ほどの椅子が並べられた休憩所に出た。ここは開放されたバーラウンジで、普段ならスポーツ観戦で盛り上がっているエリアなのだ。そこで20分ほど休み、何の問題がなければ退場することができる。
夫は徒歩20分のかかりつけ医のもとで接種できたので、うらやましく感じていた。私は自宅から片道一時間かけてバスで会場まで行かなければならなかった。しかし、普段ならスポーツ観戦でしか使われないスタジアムが、別の用途で立派に使われているのが体験できたのはよかった。たまに、ここは本当に先進国なのだろうかと呆れることもあるアイルランドだが、ことワクチン接種に関しては、すべてがスムーズにオーガナイズされている。日本にいたらいつ接種できることになっていただろうか。
会場を後にして仕事に行き、同僚に「朝、ワクチンをしてきた!」と自慢して回った。すでに接種済みの数人が、当日や翌日に腕や肩のだるさを経験したり、軽いインフルエンザのような症状を起こしたと教えてくれた。案の定、私も午後になって腕がずぅんと重くなり、鈍い痛みが感じられるようになったので、看護師に言われたとおりに鎮痛剤を服用した。夜になると疲れも出てさらに腕が重くなってきたので早々と床についた。翌日の今日になっても、腕を肩の高さ以上に上げるのはつらい。でも仕事がオフなので一日ゆっくりできる。
ファイザー社のワクチンは、二回目の接種は約4週間後になる。特に支障がなければ、それから2週間ほどでワクチン予防効果が表れるはずだ。7月下旬には国内旅行ができるかもしれない!
今年一番のいい天気だった週末。内陸部では最高気温21度を記録したところも。小さな運河沿いの土手でピクニック気分の人たち。