洗濯物を外に干す幸せ
It’s a great day for the drying!
「今日は洗濯日和だね!」ーアイルランド人の大好きな言い回し。晴れた日に挨拶代わりにこれが言えるようになると、あなたのアイリッシュ度高し、ということになる。
春分の日からひと月が経ち、ますます日が伸びてきた。今日(4月20日)の日の出は午前6時14分、日の入りは午後8時35分。最高気温は11度とまだまだ肌寒いが、日が差している時間が長いとわが家の屋根のソーラーパネルはここぞと張り切ってくれて、10人くらいが熱いシャワーを浴びられるくらいお湯が潤沢になる。
天気がよいと洗濯物が外に干せて嬉しい。朝起きて天気予報を確認し、寝室の窓から外に目をやると、すでにお隣の裏庭には洗濯物がはためいている。私も洗濯するぞ、という気になる。
お隣は5人家族。成人した息子さん二人はスポーツ好きなので、コロナによる長い外出自粛中も、庭にあるジム専用の小屋で毎日汗を流している。だから奥さんは洗濯に忙しい。家に洗濯乾燥機もあるようなのだが、ほとんど毎日外に干している。
二階から見えるお隣の裏庭の洗濯物。今日はタオル類の洗濯日のよう。
アイルランドでは、1980年代後半から洗濯乾燥機の普及が拡大した。天候が悪いとなかなか外には干せないから、特に家族のたくさんいる家庭では大助かりだ。洗濯機と洗濯乾燥機に使用する電気代は、家庭電化製品全体にかかる電気代の約1割に当たるよう。これが高いのか安いのかはよくわからないが、わが家は乾燥機は持たず、なるべく外で干す。お天気の日でも急に雨が降ることが多いが、雲行きが怪しくなってきてもいちいち慌てず、通り雨の一つや二つはやり過ごすことを隣の奥さんから学んだ。「また降りそうだけど、どうかなあ」と迷っているときにお隣が洗濯物を室内に取り込み始めたら、こちらも真似することにしている。
洗濯物を外に干す、という、日本では当たり前だったことが、アイルランドに住んだ最初の10年は不可能だった。
2002年、アイルランドに移って数カ月後、ラスマインズ Rathmines というダブリンでも学生や若い人に人気のエリアで一人暮らしを始めた。ヴィクトリア朝の19世紀後半に建てられた三階建ての家の一軒を大家さんがリフォームし、10畳くらいの部屋それぞれに小さいキッチンとシャワーブースを設けて独立させ、一つひとつ別の物件として貸し出していた。私の部屋の家賃は2002年当時で週に100ユーロ(一万円強くらいの感覚だった)でリーズナブル、立地もよし。広くはないが自由で快適な空間だ。
しかし一つ問題があった。洗濯物が外に干せないのだ。ベランダも住人用の庭もないし、部屋の外の廊下は共有のスペースで、そもそも日がほとんど当たらない。仕方がないので部屋の中にハンガーをいくつも吊るして部屋干しをした。この問題は、その後何回か引っ越しをしてもついて回った。
やっと庭のある家に住むようになり、洗濯物が外に干せるようになった幸福をかみしめていた頃、当時の同僚の一人がため息をつきながら彼女のマンションの住人の愚痴を言った。その住人はベランダの高い位置に洗濯物を干しているので通りから見えてみっともない、というのだ。「ベランダに洗濯物を干してはいけない」という規則を設けているマンションや集合住宅は多いのだが、彼女のマンションにはそういう規則はない。それでも「景観が損なわれるから、外から見えないようにベランダの低い位置で干すか、部屋干しをする」というのが暗黙の了解らしい。
日本では、洗濯物を外に干すか、部屋干しするかは個人の選択だ。大気汚染や花粉が洗濯物につくことを心配して洗濯物を室内に干すというのはわかるし、今は快適に部屋干しができるグッズやエアドライヤー(衣類乾燥徐温機)などもたくさん出ているので、部屋干しでもふわふわに乾くようだ。
アイルランドで、住環境や天気によって部屋干ししかできないのはわかる。でもそれならそれで、快適に部屋で干せるようになってほしい。
庭のない狭いアパートにフィアンセといっしょに住んでいる別の同僚は、最近思い切ってエアドライヤーを買った。「もう食べ物のにおいが洗濯物につかないし、早く乾く」と、とても満足している。こういうグッズ、アイルランドではまだ持っている人は少ない。今、家で働くことが当たり前になって「Zoomの画面に部屋の洗濯物が映る」と気になる人が増えてきたから、早く効果的に乾かせる部屋干しグッズがこれから人気になるだろうか。
わが家の裏庭によく来る robin(コマドリ)。バスタオルの上にちょこん。