アイルランドに住んで一番不便だなと思うのは、日本語の本や雑誌が手に入りづらいことだ。この点はパリやロンドンに住んでいる日本人がうらやましい。

もちろん今は雑誌や書籍のデジタル版もたくさん出ているし、Kindle などの電子書籍リーダーの質も使い勝手もよくなっている。でも写真が主流の雑誌などは紙の媒体で読んだ方が読みやすいように思う。

日本に住んでいたころは、女性誌や情報誌をよく読んだ。大学生のころはよく芝居や映画を観に行ったので『ぴあ』は欠かせなかったし、1988年に創刊された雑誌『Hanako』は、私が大学生や社会人だった90年代には社会現象となるほど人気だった。『月間カドカワ』や『an・an』にも気になる特集がよくあった。

80年代に次々に発売された女性誌が数年経って落ち着くところに落ち着いてきたころだが、それでもいろいろありすぎてどれが自分に合っているかわからなかった。いろいろ回り道をした結果、『Domani(ドマーニ)』が自分に一番しっくりするような気がして、毎月購読し始めた。27歳くらいのときだ。30歳前後のキャリアウーマンをイメージして作られた紙面はそれまで読んだ他の女性誌より安心して手に取れる何かがあった。いわゆる「コンサバ系」の雑誌だったので、ページの色合いやレイアウトもうるさくなく、紹介するファッションもベーシックなコーディネーションが多かったからだと思う。日本人モデルを起用しているという点も私は好きだったが、何より表紙やグラビアのモデルを当時務めていた川原亜矢子さんがうっとりするほどきれいで、彼女のエキゾチックな魅力と上品さが雑誌に品格を与えていたと思う。

今は『Domani』はアラフォー世代がターゲットで、ワーキングママを視野に入れて紙面を作成しているらしい。その妹分の雑誌『Oggi(オッジ)』はアラサー世代対象だ。ちなみにこのアラサー、アラフォー、アラフィフという日本語、私がアイルランドに移ってから生まれたようで、初めて聞いたときには「アラサーって何? 何かの掛け声?」と意味がわかっていませんでした。

ほかに日本で20代のときに毎月欠かさず買っていたのは『TV Taro(テレビタロウ)』という月刊誌。テレビだけではなく映画や海外ドラマの話題も満載。このころ夢中になって観ていた海外ドラマ『アリー、my Love』のキャストのインタビューや新シーズンのストーリーなども紹介してくれた。

私がアイルランドに移住したのが2002年。最初の半年は語学学校に通い、英語を勉強する毎日。その後仕事に就いてからは、メールなどで英語を毎日読まなければならないから、家に帰ってまた英語を読む気はせず、英語の本も雑誌もほとんど手に取らなかった。2006年に結婚するにあたって、いわゆる結婚情報誌を探しにダブリンでもっとも大きな書店の Eason(イーソン)へ行ってみることに。日本ではどのコンビニや書店でも数種類の雑誌が買えるが、アイルランドでは雑誌を扱っている店が限られている。イーソンなどの大きい書店や、長距離列車の発着駅や空港の書店に行かないと雑誌がずらっと並ぶ光景にはお目にかかれない。

そもそもアイルランドで出版される雑誌は少ないので、この国で買える雑誌のほとんどはイギリスかアメリカで出版された雑誌(アメリカの雑誌のイギリス版も)ということになる。私がイーソンで手に取った結婚情報誌もほとんどが外国の出版物で、アイルランドならではの情報は得られなかった。

結婚してみたら夫が意外に料理好きで、最初は「食べたいものはあるけど母親に聞いてみないと作り方がわからない」と言っていたのにレパートリーが見る間に増えた。そのことを友人に話したら、私の誕生日にある料理雑誌の一年定期購読をプレゼントしてくれた。アイルランドで出版され、一番売れているという月刊誌で値段もお手頃。日本で言えば『オレンジページ』や『レタスクラブ』のようなものか。でも違いは、料理の写真が全然おいしそうに見えないこと。印刷も鮮明でなく紙質もよくない。それに、料理だけではなくて旅行やライフスタイルなどの記事もたくさんある日本の料理雑誌と違って、料理以外の情報はごくわずか。結局、プレゼントされた購読期間の終了後は自分のお金で更新しようという気にはならなかった。

アイルランドは市場が小さいから、雑誌を作るのに日本ほどお金はかけられない。この料理雑誌の発行部数は1万6,500部で、発行部数が軽く20万部を超える日本の主だった料理雑誌とは桁が違う。だから印刷や紙質のクオリティー、写真や誌面デザインにかけられる費用は日本の比ではない。人件費もページ数も限りがあるから、情報量も少なくなる。

そういうことは差し引いても、私は、日本の雑誌の方が英語の雑誌より一般的に見栄えがすると思っている。そして一瞥(いちべつ)しただけで情報がぱっと頭に入ってきやすい。その理由はずばり、日本語で書いてあるからだと私は信じている。

まず、日本語は縦書きにも横書きにもできるので、例えば記事のタイトルを横書きに、本文を縦書きするなどしてレイアウトにメリハリを付けることが簡単。次に、日本語は漢字、ひらがな、かたかな、アルファベットと数字のコンビネーションだというのも強み。漢字はパッと見で意味が読み取れることが多い。そしてひらがなやカタカナなどがあることで漢字がより目立ち、その意味することが頭に入ってきやすくなる。

英語のアルファベットだらけの誌面を見て一瞬にして内容が推測できる英語力は私にはないが、英語力だけの問題ではなくて、アルファベットと日本語の文字の認識のしやすさの差も影響しているのではないか。

コロナの影響で、日本からアイルランドへの航空便サービスがなぜか長期間ストップしていた。待つこと数カ月。今年(2021年)に入ってしびれが切れて、日本の雑誌を数冊、家族に船便でアイルランドまで送ってもらった(頼んだ数週間後の2月末に航空便サービスは回復)。2カ月半から3カ月で船便は届くことが多いから、あとしばらくのガマン。日本語の雑誌を心置きなく読むのが待ちきれない!