毎年3月、イギリスのチェルトナム競馬場で4日間にわたって競馬の障害レースが繰り広げられる。アイルランドは良質の競走馬をたくさん輩出しており、イギリスとアイルランドの有力馬が集うこのチェルトナムフェスティバルの期間中、アイルランドの馬とジョッキーの活躍が大きくニュースで取り上げられる。

アイルランドからたくさんのファンがチェルトナムを訪れ、チェルトナムに行かなくてもアイルランド中のパブがレース観戦を楽しむ人であふれる。一大社交イベントなのである。

アイルランドでは去年(2020年)の3月に入って、海外旅行からの帰国者を中心にコロナウィルスの感染者が報告され始める。チェルトナムフェスティバルはそんな折、3月10日から13日に開催されたが、アイルランド政府は12日、感染を防ぐための行動制限措置などを発表。わざわざイギリスまで行ってレースを観戦していた人たちは非難を浴びることになった。アイルランドが完全なロックダウンに入ったのはそれから約2週間後の3月27日だ。

その一年後、今年のチェルトナムフェスティバル(3月16日から19日)は無観客の状態で開催された。アイルランドではクリスマスイブ以来の3度目のロックダウンが続いているし、イギリスもロックダウン中。フェスティバルの去年と今年の様子を比較した写真がいい。

今年もアイルランドの競走馬が活躍したようで、ニュースで「アイルランド勢の優勢が続いています!Irish dominance continues!」と連日大いに話題になった。

私はまったく競走馬や競馬レースには興味がないので、ニュースをふうーんと聞き流して、さて紅茶でも入れようかとソファから立ち上がりかけたら、「プット・ザ・ケトル・オン! Put the kettle on!」と叫ぶ声が何度もテレビから流れてきた。「やかんを火にかけて」つまり「お湯を沸かして」と誰かが言っているのだ。

え、どういうこと?とテレビに視線を戻すと、何と「プット・ザ・ケトル・オン」というのは競走馬の名前で、4分ほどの障害レースの最後で追い上げて勝利する様子を伝えていた。

これはチェルトナムフェスティバルのメイン競争で、クイーンマザーチャンピオンチェイスというレース。オッズで一番人気だったのはシャクン・プア・ソア Chacun Pour Soi (みんな自分自身のために、というような意味)というフランス語の名前の馬で、「プット・ザ・ケトル・オン」は去年の11月に他のレースでこの馬に負けている。が、チェルトナムではこのフランス名の馬を3位に抑えて勝った。

「プット・ザ・ケトル・オン」は7歳になる牝馬(「めすうま」とも「ひんば」とも読むらしい)で、チェルトナム競馬場で走るのは4回目、そして今回を含め4回とも勝ち星を挙げている。どうもこの競馬場と相性がいいようだ。

「ケトル kettle」は英語ではヤカンも電気ケトルも両方指す。20年ほど前は、電気ケトルは海外のホテルで使ったことがあっただけで、日本では見たことがなかったように思う。ここ数年、やかんや電気ポットの代わりに電気ケトルを使用する人が日本で増え、「ケトル」という言葉も日本語化したようだ。

変な名前の競走馬もいるもんだなと笑っていると、夫が「昔、ポテイトーズ(ジャガイモ)って名前の馬がいたらしいよ、しかもおかしな綴りの」と教えてくれた。アイルランドの馬かと思ったらイギリスの馬で、実は18世紀に活躍した競走馬の歴史に残るサラブレッドだった。Potoooooooo または Pot-8-Os と綴る。何でも、持ち主のアビンドン伯爵が Potato という名前を仔馬に付け、馬丁の男の子にその名前を飼い葉桶に書き付けるように命じたけれど、男の子は Pot の先はどう綴るかわからず、Potoooooooo と発音通りに書いてしまった。アルファベットのオーを8つ並べてポット・エイト・オー(ポテイトー)というわけだ。伯爵はそれを面白く思い、競走馬の登録名として使用したという話が伝わっている。

もし「ポテイトーズ(ジャガイモ)」と「プット・ザ・ケトル・オン(お湯沸かして)」が競争したら、何だかジャガイモを茹でるレースみたいで面白い。